みかん小説
本棚

"清掃員の母を消した息子の結婚式" 第14話

ゴム袋のでふやけた指先。 「汚い」と蔑まれたの孤独。 そのすべてが、この温かい拍の音ので、ゆっくりと溶けていくような気がした。

泣かなかった。 ただ、背筋をピンと伸ばし、堂々とその拍を受け止めた。 私は何も恥じることなどしていない。 この、胸を張ってきてきたのだから。

「続きまして、郎婦より、ご両親への束贈呈です」

司会の声に促され、息子が砂からりてきた。 その取りは、まれたての子鹿のように覚束ない。

束を抱えた息子の顔は、涙ととや汗でぐちゃぐちゃに崩れていた。 タキシードの胸元が、激しい過呼吸でしている。

息子は私のにった。 私を見ろすあの子の目は、恐怖でも、りでもなかった。 自分の浅ましさ、愚かさ、そして母親が背負ってきたものの巨さに、完全に打ちのめされたの目だった。

「……母、さん」

掠れた、震える声だった。

「俺……俺は……」

束を差しす息子の両腕が、ガタガタと音をてて震えている。 あの子は、膝から崩れ落ちるようにして、絨毯のに両をつきそうになった。 座をして、許しを請おうとしたのだ。 この期に及んで、でドラマの主公のように惨めに詫びることで、罪から逃れようとする甘え。

私は、あの子が膝をつくに、その肩をたく、けれどしっかりと掴んで押し留めた。

広告

「ちなさい」 私のい声が、息子の元に落ちた。

「ここはあんたの結婚式よ。いつくばっての同を買うような真似は、おやめなさい」

息子は息を呑み、涙に濡れた顔をげた。

「束をちょうだい」

息子は震えるで、百と薔薇の束を私に渡した。 ずっしりとい。 息子の見栄と、借と、そしてわずかに残った良のみだ。

私は束を受け取り、息子の目を正面から見据えた。

「美優さんを、絶対に泣かせるんじゃないよ。……これからは、自分のでちなさい。あんたの嘘も、借も、私は円たりとも助けないからね」

息子の喉から、押し殺した嗚咽が漏れた。 「……はい……ごめんなさい……母さん……ごめんなさい……」

子供のように泣きじゃくる息子の背を、私は度も撫でてやらなかった。 抱きしめもしなかった。 ただ、郎の母親として、凛とした顔で正面を向き直した。

拍は、鳴り止まなかった。

披宴が終わり、常が戻ってきた。

奇跡のような逆転も、お涙頂戴の劇な解も、現実にはしない。

息子は、林の雅子さんがて替えたキャンセル料と自の借、計百万円を返済するため、級を即座に売却した。 目黒に借りていた見栄のためのタワーマンションを引き払い、会社の寮へ移った。 美優さんとは籍を入れたものの、同居はせず、料の部分を返済に充てる「事実の保護観察期」

広告

として、から信頼をやり直している最だ。

会社の同僚たちに母子庭であることがれ渡ったが、誰も息子を軽蔑しなかった。 むしろ、「あんな派なお母さんに育てられたんだから、おももっと骨のある男になれ」と司に背を叩かれたらしい。 息子は今、自分のの丈にったスーツを着て、毎のように働いているという。

そして――私は。

午分。 まだが青い朝靄に包まれている。

私は、いつもの総病院の通用をくぐった。 ロッカールームで、着慣れたの清掃着に袖を通す。 ファスナーをまで引きげ、名札をつける。

「清掃スタッフ 恵子」

黄いゴム袋をはめ、モップと消毒液のカートを押して、病棟のい廊へる。 塩素の匂い。 たいタイルの触。 これが、私の戦であり、私の誇りだ。

「さん、おはようございます」 夜勤けの護師さんが、疲れた顔をほころばせて挨拶してくれる。

「おはようございます。お疲れ様でした。階のナースステーション、すぐ拭きに入りますね」

「いつも助かります!」

モップをに滑らせる。 キュッ、と気よい音が鳴り、汚れが消えっていく。

ふと、来フロアの自ドアがく音がした。 こんな朝に、誰だろう。

モップのを止め、線を向けると――自ドアの横のベンチに、見覚えのあるスーツ姿の男がっていた。

息子だった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: