"少女を救った川の底に、私の元妻がいる" 第4話
先に助けた子
流のほうで、誰かが叫んでいた。
岩に駆けがると、淵へ向かう流れのに2つのが見えた。岸にいた男性が、女の子がサンダルを追って落ちた、男の子が引っ張ろうとしたんだ、と叫んでいた。
私はび込んだ。奈緒までは5、6メートル。はもっと向こうで、流れが巻いているあたりにいた。
先に、奈緒の腕をつかんだ。首にしがみつかれ、私もをんだ。何とか岸の岩へたどり着き、そのへ押しげた。
振り返ったとき、はもう見えなかった。
名を呼びながら潜った。のでは目をけても、泡と岩のしか見えない。浮きがって息を吸い、また潜った。何度目かに岸から腕をつかまれた。消防が来ていた。
捜索は7続いた。救助隊が入れないにも、私はに入った。腕やすねに傷が増え、濡れたが触れると痛んだが、岸で待ってはいられなかった。
淵の底には岩の隙がく、も複雑にいている。奥へ入り込んだ能性も、流まで流された能性もあると説された。
7目に、集な捜索はいったん打ち切られた。
は、見つからなかった。
そのあいだ、美穂は毎朝、まだ暗いうちから川辺に座っていた。には、あのサンダルを握っていた。潜隊員ががってくるたびにち、誰かが首を振ると、また同じ所に腰をろした。
広告
5目、藤田さん夫婦が奈緒を連れて来た。父親の修さんは私のに膝をつき、何度もをげた。私は腕を取ってたせた。
「奈緒ちゃんが無事で、よかったです」
奈緒は母親のろで泣いていた。私と目がうと、を向いた。
ひと、藤田は岐阜へ引っ越した。田辺のおばさんが、ここにいるのがつらかったんだろうね、と言った。
捜索が終わった夜、美穂はの部にいた。私は入にったまま、入れずにいた。何と言えばいいのか分からなかった。美穂は顔をげると、こちらへ来て、私に抱きついた。
「直のせいじゃない」
肩に顔を押しつけたまま、そう言った。
「くにいる子から助けるしかないよ。私だって、そうしたとう」
その、私たちは何度も戻り淵へった。美穂はのを持っていき、膝にのせてを見ていた。帰ろうと声をかけると、もうし、と答えた。
翌の、もう度、子供のことを考えないかと聞いた。美穂はく黙ったあと、うなずいた。
数、岐阜の由紀のところでし過ごしたいと言い、をた。戻ってきたのは1週だった。
それから、美穂は川へかなくなった。私が肩に触れると、体をした。ある晩、卓で箸を置き、こちらを見た。
「どうして、よその子を先に助けたの」
私は持っていた茶碗を置いた。
「俺のせいじゃないって、言ってくれただろ」
広告
「そうおうとしたの。でも、はあなたの子供だったんだよ」
その夜から、同じことを何度も聞かれた。事の途にも、眠れずに起きた夜にも。私はそのたび、何も答えられなかった。先にへ泳いでいれば、助かったかもしれない。その考えは、私のにもあった。
を越し、になると、美穂は婚したいと言った。
「直を見ると、あそこのをいすの。もう、緒には暮らせない」
婚届には、私が先に名をいた。には私が残り、貯は美穂に渡した。彼女は岐阜で部を借り、またスーパーのレジで働き始めた。
ていく朝、駅まで送った。荷物はキャリーケース1つだった。バスを待つあいだ、美穂は鞄からあのノートを取りし、1枚だけ破って、折り畳んだ。
「これは、直が持ってて」
私の着のポケットへ入れた。
「ほかは、持っていくから」
バスがたあと、をいた。がまれた晩にいた、あのページだった。
〈7歳、泳〉のところに、何度も線が引いてあった。
そのだけ、が破れていた。