"意識のない母の家を売る夫、その時病室のベルが鳴った" 第11話
「さん……丈夫ですか?」
「はい。ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした」
私がくをげると、護師は痛ましそうな、けれど温かい目を向けてくれた。
「お母様、リハビリをとても頑張っていらっしゃいますよ。さっきも『娘のために、く良くなりたい』っておっしゃってました」
その言葉に、張り詰めていた胸の奥が、じんわりと温かくなった。 戦わなければならない。 この病院にいる母のためにも、で待つ奈緒のためにも。
だが、現実は私に息をつく暇さえ与えてくれなかった。 破滅の歯は、夫の予を遥かに超える速度で、容赦なく回転を始めていたのだ。
翌の午。
私はスーパーの経理で、卓を叩きながら帳簿の突作業をめていた。 昨夜の騒のあと、に事を話し、の申請と今の勤務シフトの調をお願いしたところだった。 「変なはお互い様だから」と温かい言葉をかけてくれた同僚たちのが、擦り切れそうなにどれほど染み渡ったかれない。
午を過ぎた頃、私のデスクの固定話が鳴った。
取ると、相は名乗るなり、々しい声で告げた。
「真紀さんでしょうか。私、本浩司さんの勤務先でコンプライアンス推を担当しております、専務の神崎と申します」
臓が、ドクンと嫌なね方をした。
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「……はい、です」
「突然の連絡をお許しください。実は本午、当社の法務部宛てに、ある投資ファンドの代理弁護士から『内容証郵便』が届きまして」
神崎専務の声は、極めて静で、それゆえに事態の刻さを物語っていた。
「当社の営業部である本浩司が、業務のを利用し、顧客および関係者に対して無許の産売買仲介をい、額の付を個座に着させて私に流用した……という告発です」
……野だ。 あの男は、の猶予など待たなかったのだ。 夫がを返せないと察するや否や、即座に会社という最も急所となる所に、法な爆弾を投げ込んだのだ。
「社内調査をいましたところ、本が過に関与した複数のリフォーム案件においても、資材発注費の架空計や、請け業者からのキックバックを個座に還流させていた疑いが浮しました」
「……」
「現、本には自宅待命令をしておりますが、本と切連絡が取れなくなっております。奥様、現の本の所について何かごでしょうか」
「いいえ」
私は迷うことなく答えた。
「私は現、夫と別居しております。昨夜、夫から母の産売却を巡って脅迫を受け、娘と共に実へ避難いたしました。夫の正や私流用に関して、私は切関しておりません」
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話の向こうで、専務がく息を呑む配慮の気配がした。
「……様でしたか。巻き込むような形となり、申し訳ありませんでした。当社としては、付で懲戒解雇の続きをめるとともに、警察への被害届の提を検討しております」
通話が切れた、受話器を置く私のは、議なほど震えていなかった。
終わったのだ。 あの男が何よりも執着していた「営業部」という肩きも、見栄も、世体も。 自らの底なしの欲望によって、すべて綺麗に消えてなくなったのだ。
仕事を終え、夕暮れのスーパーをた。 のはく、空はすでに群青に沈んでいた。
私はをらせ、再び母の病院へと向かった。 面会の終際、母の顔をしでも見ておきたかった。
病に入ると、母は理学療法士の支えを受けながら、ベッドのに背筋を伸ばして座っていた。 で柔らかいボールを握るリハビリをしていた母は、私の姿を見るなり、ふわりと顔を綻ばせた。
「……ま、き」
たどたどしいけれど、よりずっとはっきりとした発音だった。
「お母さん、リハビリ頑張ってるね」
「うん……奈緒は……げんき……?」
「元気よ。おばあちゃんの料理がくべたいって言ってた」
母は嬉しそうに目を細め、自由なのに、くをそっとねた。
「……いえ……まもって、くれて……ありがとうね……」
その言葉を聞いた瞬、今張り詰めていたものが決壊しそうになり、私は慌てて笑顔を作って誤魔化した。