"あの道は、学校へ続いていなかった" 第8話
「の夫婦の揉め事に、首を突っ込んでどうなる! 警察を呼べばよかったとでも言うのか! あの、警察汰にしてみろ、うちの仕事は全部干されていたんだ!」
父の呼吸が荒くなり、麻痺の残るが規則に震えた。
「佐野の旦は、町内会の役員もやってたんだ。の公共事の配も、全部あのが握ってた。逆らって、どうやっておをわせていくんだ!」
「だからって、を閉じ込めていたのを見逃したのか!?」
「見逃したんじゃない!」
父は顔を真っ赤にして鳴り返した。
「見守っていたんだ! なないように、から確認してやっていたんだろうが!」
その言葉の醜悪さに、私はめまいを覚えた。
見守る。
誰にも助けを呼べないよう孤させ、なない程度に衰していく様子を、が子の無邪気な挨拶を利用して確認し続ける為を、この男は「見守る」と呼んだのだ。
「あの夜、澄さんは首を切っていたんだろ」
私の声は、自分でも驚くほどえ切っていた。
角田の言葉と、当の記憶が繋がっていた。
「親父は部に入って、何をしたんだ。医者を呼んだのか? 救急を呼んだのか?」
父の線が、わずかに泳いだ。
「……佐野とで、止血した。傷は浅かった」
「それだけか?」
「それだけだ」
「どうして通報しなかった」
「言っただろうが!」
父はちがろうとして、のもつれから畳にをついた。
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惨めな姿だった。
だが、私のに湧きがったのは、同ではなく底れない嫌悪だった。
「おは、子どものくせに何もらんから、そんな綺麗なことが言えるんだ」
父はを見つめながら、毒を吐くように言った。
「世のにはな、関わっちゃいけないと、見捨てなきゃいけないがいるんだよ。おが毎元気に学へけたのは、誰のおかげだとっている」
「……あのは」
私は震える声で言った。
「あのが、窓ガラスに押し当てていた。……親父は、っていたんだろ」
父の体が、瞬、完全に直した。
私はちがり、階へ駆けがった。
物置の段ボール箱をひっくり返し、学ののノートを狂ったように探した。
埃がい散り、喉が痛むのも構わなかった。
あった。
使い古した、国語の練習帳。
番最ののページに、私は当の拙い跡で、窓の向こうの文字を真似てき写していた。
のわからない漢字を、図形のようにき殴ったページ。
子どもの頃は読めなかった。
だが、歳になった今の私には、目で読めた。
マジックペンで乱暴にかれた、痛な叫び。
【警察ではなく、姉に話してください】
そのには、局番から始まる、見慣れない話番号が記されていた。
彼女はっていたのだ。
元の警察に通報しても、夫の息がかかったのによって揉み消されることを。
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だから、の世界にいる肉親にだけ、助けを求めていた。
そして、その唯の希望を、毎朝を振ってくれるさな男の子に託したのだ。
私はそのノートを握りしめ、階へりた。
居の入りにち、畳のに座り込む父の背に、ノートを突きつけた。
「これだろ」
の擦れる音が、静まり返った部に響いた。
「私は当、このページを破いて、親父に見せたはずだ。『これ、なんていてあるの』って、聞いたはずだ」
父は振り向かなかった。
ただ、背がさく丸まっていた。
「親父、この話番号に、話したのか」
沈黙が流れた。
計の秒針の音だけが、やけにきく聞こえた。
秒。
秒。
秒。
父が、ゆっくりと息を吐きした。
それは、告というよりも、酷な宣告だった。
「かけるわけがないだろう」
父は振り返りもせず、い声で言った。
「そのはな、そののうちに佐野の旦に渡したよ」
私の指先から、体温が急速に失われていった。
「……渡した?」
「『奥さんが、子どもを使ってと連絡を取ろうとしていますよ』ってな。そう教えてやったんだ」
父はゆっくりと首を巡らせ、私を見た。
その顔には、罪悪の欠片もなかった。
ただ、義務を果たした男の、え切った平穏さだけがあった。
「次の、佐野さんはを呼んで、階の窓を内側から完全に板で打ち付けたよ」
父の言葉が、私の脳髄を直接殴打した。
「おが余計な真似をしたからだ、貴志」
父の歪んだ唇から、決定な言が零れ落ちた。