"あの道は、学校へ続いていなかった" 第5話
「ここはじゃないよ。ずっと昔から、誰のでもありゃしない」
老婆の線が、私の肩を通り越し、背の廃——佐野邸の階へと向けられた。
ベニヤ板で塞がれた、あの窓へ。
「あんた、よくあそこを通ってたねえ」
老婆は独り言のように呟いた。
「背に青いランドセル背負ってさ。毎朝、分になると、てくてく歩いてきて」
私は息を呑んだ。
なぜ、この老婆までが、私の通過したを正確にっているのか。
「おばさん、佐野さんののこと、何かってるんですか」
老婆は答えず、じっと塞がれた窓を見げていた。
やがて、首だけをぎぎぎと軋ませるようにして、私の方へ戻した。
その濁った瞳の奥に、ぞっとするほどややかなが宿っていた。
「貴志ちゃん」
老婆は私の顔を覗き込むようにして、く囁いた。
「あんた、あそこの窓の女のから……何か見せられたことはなかったかい?」
胸の奥が、氷で満たされていくようだった。
父と同じ質問。
「……何かって、何ですか」
「だよ」
老婆の唇が、ゆっくりといた。
「文字のかれた、いだ。……あいつ、あんたにだけは、必になって見せてただろう」
暗ので、がぴたりと止まった。
が擦れう音も、くのの音も、すべてが消え失せた。
世界から音が抜け落ちたような静寂ので、老婆の次の言葉だけが、私のの奥にたく響き渡った。
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「あんたのお父さん、あのをどうしたのかねえ」
老婆はそれだけ言い残すと、擦り切れたサンダルを引きずりながら、の奥へと消えていった。
ゴミの入ったポリ袋が、かさこそと乾いた音をてていた。
私はただ、え切った空気のにち尽くしていた。
階の、ベニヤ板で塞がれた窓。
昼はただの朽ち果てた板に見えていたそれが、今は巨な黒い瘡蓋のように見えた。
父は、あのをっていたのか。
っていて、私にあんな質問を浴びせてきたのか。
実に戻ると、居のかりだけが暗く灯っていた。
父はすでに横になっていた。
古びた煎餅布団のから、規則正しい、だがどこか湿った寝息が聞こえてくる。
私は音を忍ばせて階へがった。
かつて自分の子ども部だった畳は、すっかり物置と化していた。
埃の匂いがをつく、私は押入れの袋をけた。
積まれた段ボール箱の隙から、黄く変したの束を引きずりす。
学代の連絡帳と、絵記だった。
埃を払い、ページをめくる。
几帳面だった母の跡と、担任教師の赤いインク。
そして、毎の刻と起刻の記録。
私はあるページで、指を止めた。
学、の連絡帳。
【7:30 自宅発】
備考欄に、父の角ばった字で印が押されていた。
ページをめくっても、めくっても、同じだった。
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毎朝分。
分の狂いもなく、同じ刻が記されている。
当の通学班の集は、ちょうどだった。
学までは、子どものでも分しかかからない。
半にれば、分にはあの青いトタン塀に着く。
裏のにある字には、分には着いてしまう。
すぎるのだ。
私は毎朝、誰もいない字で、分以もで待たされていたことになる。
『遅刻するな』
父は毎朝、玄関でそう言っていた。
『分には、あの角を曲がっていなさい』
それは遅刻を配する親の言葉ではなかった。
あの所に、その刻に、私をたせるための指示だった。
翌朝、私は隣町の喫茶にいた。
ボックス席の向かい側には、川美紀が座っていた。
夜勤けの彼女の目元には、濃い隈が落ちていた。
運ばれてきた湯気のつアメリカンコーヒーに、彼女はをつけようとしなかった。
「話で話したこと、もっと詳しく聞かせてほしい」
私は静かに切りした。
美紀はスプーンの柄を指先でいじりながら、線を落とした。
「……いしたくもなかったのよ、本当は」
「美紀ちゃん」
「あののを通るとね、いつも匂いがしたの」
美紀の唇が、かすかに震えた。
「湿気た畳と、何かが腐りかけたような、変な匂い。あのおじさんが箒を持ってっているすぐ横から、に乗って流れてくるの」
「あのおじさんは、誰だったんだ」
「佐野さんの親戚よ」