みかん小説
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"あの道は、学校へ続いていなかった" 第2話

「じゃあ、覚えているな」

「何を?」

「沿いにあった、佐野さんのの階だ」

私は瞬きをした。

脳裏の奥底で、埃をかぶっていた古い記憶の引きしが、音をてていた。

「階の窓に、女のがっていただろ」

記憶が、鮮な彩を伴って蘇った。

黒いトタン根の、陽当たりの悪い階建ての造。

毎朝分、そののを通り過ぎるとき、階の曇ったガラス窓の向こうに、いつもいブラウスを着た女がっていた。

カーテンの隙から、じっとこちらを見ろしていた。

「覚えてるよ。優しいだったじゃないか。私がからを振ると、いつもさく振り返してくれた」

その言葉をにした瞬だった。

父のが、信じられない速さで伸びてきた。

私の首が、骨がきしむほどの力で鷲掴みにされた。

「親父、痛いよ、何するんだ」

父の目は血り、唇が刻みに震えていた。

「を振ったのか。……お、あいつにを振っていたのか」

「毎朝振ってたよ。所のだとってたから」

父の息が荒くなった。

腔から漏れるい呼気が、私の頬にかかる。

「……招かれたことはないか」

「え?」

「招きだ。おいでおいでと、招きをされたことはないか。を見せられたことはないか」

首を掴む父の指に、さらに異常な力が込められた。

私は痛みに顔を歪めながら、喉の奥がカラカラに渇いていくのをじた。

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招き。

記憶のが、急速にれていく。

女は、ただを振っていただけではなかった。

あるの、ひどくえ込んだ朝。

女は窓ガラスにぺたりと、枚のいを押し当てていた。

マジックペンで、震えるような黒い文字がびっしりとかれていた。

当、学だった私には、画数のいその漢字が読めなかった。

ただ、窓ガラスの向こうの女の顔が、笑っていなかったことだけは覚えている。

彼女の目からは、とめどなく涙が溢れていた。

私はそのことを、誰にも言わなかった。

言うのが、なんとなく怖かったからだ。

「……親父、どうしてそれを」

私の問いに、父は答えなかった。

父は急激に力を抜き、私の首を乱暴に突き放した。

そして、に落ちていたガムテープを拾いげ、震えるで段ボールに貼り始めた。

「あのには、何の未練もない」

父は畳を見つめたまま、吐き捨てるように言った。

「さっさと壊して、更にするのが番いいんだ」

それ以、父はをかなかった。

夕方、の空が赤黒く濁り始めた頃、私は再びあのの入りにっていた。

事両はすでに引き揚げ、現にはち入り禁止の黄いテープが張られていた。

私は周囲を見回し、誰もいないことを確認してから、トラロープを跨いで奥へとを踏み入れた。

削り取られたアスファルトの先に、記憶の通りの景が残っていた。

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には、錆びて青い塗料が剥げ落ちた、いトタン塀。

子どもの頃は巨な壁に見えたそれが、の目線で見れば、私の肩ほどのさしかなかった。

トタン塀に沿って、湿ったのをゆっくりと歩く。

メートルほどむと、はへと鋭角に折れ曲がっていた。

記憶では、ここを曲がれば、旧学の体育館裏へ続く緩やかなり坂にるはずだった。

角を曲がった。

が止まった。

目のにあったのは、坂ではなかった。

さメートルを超える、古びたコンクリートブロックの擁壁だった。

壁にはびっしりと蔦が絡まり、分い苔が堆積している。

どう見ても、ここ数で造られたものではない。

最でも、あるいはそれ以から、そこにあった壁だった。

は、完全に塞がれていた。

「……嘘だろ」

声が漏れた。

私は毎、どこを歩いていたのか。

壁にづき、蔦を払いのけるようにして目を凝らした。

擁壁と、の古い民の垣のに、わずかな隙があった。

幅センチほど。

が体を横にして、ようやく通り抜けられるかどうかの狭い隙。

その奥に、黒ずんだ鉄製の引き戸が嵌め込まれていた。

勝のような、さな潜り戸だった。

表面は赤錆で覆われ、太い京錠が掛けられていた。

私は息を殺し、錆びた格子越しに奥を覗き込んだ。

戸の向こうには、かつて誰かの庭だったとおぼしき雑のが広がり、その遥か先、々の切れに、見覚えのある学の錆びたバックネットが見えた。

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