"台所へ追いやられた娘婿が、大晦日に義母を連れ去った夜" 第10話
おたちが、最初から俺を族だとっていなかっただけだ」
健司さんは私に向き直り、く、をげた。
「母さん。し、実へ荷物を取りにってきます。すぐ戻りますから」
「健司さん、待って! かないでよ!!」
真紀がすがりつこうとを伸ばしたが、健司さんは振り返ることもなく、いで廊へとてった。 階段を段ずつ、力く踏みしめてりていく音。
部に残された真紀は、畳のにへたり込み、ボロボロと涙をこぼし始めた。 それは反省の涙ではなかった。 自分のい通りにならなかったことへの、傲な子供の癇癪のような涙だった。
「なんで……なんでよ……! あの役たずのくせに……!」
私は、に崩れ落ちた娘の背を、ただ静かに見つめていた。 を伸ばして背を撫でてやる気力は、もう私のには残っていなかった。
そのの夕方。 実の豪邸の玄関で、真紀はち尽くしていた。
健司は、本当にやってきた。 分も経たないうちに、自分の私物――古びた作業着数着と、全靴、それに運転免許証と印鑑だけをさな段ボール箱に詰め、誰とも言も交わさずにをてった。
父親が居で「おい健司! 待てコラ!」と鳴り散らしていたが、健司は度もち止まらなかった。
真紀は、誰もいなくなった階の寝から、い取りで階の玄関へとりてきた。
広告
暗い玄関。 いつもなら、健司が脱ぎ散らかした靴を揃え、濡れた傘を拭いて干ししてくれていた所。
ふと、駄箱のに、冊の古い学ノートが置かれているのに気づいた。
表には、几帳面な、けれど無骨な文字でこうかれていた。 『産品卸 夜緊急便・替運記録』
真紀は吸い寄せられるように、そのノートをに取った。 ページをめくる。
『平成。伊豆向け鮮魚緊急便。速料千百円、自腹替。社より「経費伝票は切るな」との指示あり』 『平成。台による国崩落、迂回にて田へ。タイヤパンク修理代万千円、自腹替』 『平成。女宅の引っ越し伝い。往復ガソリン代、自己負担』 『平成。正特選便の荷ろし作業、拘束。当なし』
付、、ったルート、自腹で切った領収の番号。 。 千を超える々の記録が、ぎっしりと、血を吐くような精密さでき連ねられていた。
最のページには、昨――晦の付があった。
『令。 晦親族宴会。 座敷へのち入りを禁じられ、勝にて待。 母さんの顔を見る。限界だと分かった。 本をもって、への無償労務提供をすべて終する』
ノートの隙から、枚のレシートがハラリと落ちた。
広告
昨の夕方、健司が自腹で買った、チェーン着脱用の作業用ゴム袋。 百円。
真紀の喉から、ひゅっと声にならない空気が漏れた。
駄箱のの鏡に映る自分の顔は、のように青ざめていた。 居の引き戸の向こうから、父親の掠れた鳴り声と、理恵の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
「の朝の便、誰がるんだよ!!」 「るわけないでしょ! 健司さんしか型凍の鍵の所をらないのよ!!」
吹き荒れる号ので、真紀は震えるでノートを握りしめたまま、そのから歩もけなくなっていた。
の半ばを過ぎても、駿湾から吹き付けるは骨の髄までたかった。
港のすぐそばにある私のアパートの窓からは、朝に港していく底引き網漁のかりが見える。 やかんで湯を沸かし、濃いめの緑茶を淹れる。 朝。 自分のためだけに注いだ杯を、湯呑みの温もりを両で包み込みながらゆっくりと喉へ通す。 誰の鳴り声もしない。 誰の嫌も伺わなくていい。 胃の奥にずっと沈んでいた鉛のような塊が、しずつ溶けていくのをじていた。
だが、あのと会社を包む空気は、にに沼の様相を呈していた。
私がを引いた産品卸は、けから致命な混乱に見われていた。 伊豆や焼津の主たちとの直通ルートが断たれた結果、正がの級鮮魚をの値で買い漁る羽目になり、晩で数百万円の特別損失をした。