"台所へ追いやられた娘婿が、大晦日に義母を連れ去った夜" 第8話
「私は、あなたたちの取引の具じゃないの。誰かの顔をてるためにも、誰かの会社を守るためにも、もう度と話はかけないわ」
「お母さん!」
美子の声が、りでずった。
「本気で言ってるの!? お父さんを捨てる気!? 私たち族を、全部裏切る気なの!?」
「裏切ったのは、どちらかしらね」
私は美子の目を見つめ返した。 を交えず、ただ静かに。
「よ、美子。あなたたちが温かい部で笑ってテレビを見ている、私が真の勝で、どれだけたいで魚を洗い、どれだけ鳴り散らされながら話をかけ続けていたか。あなたは度でも、私のを見てくれたことがあった?」
美子が息を呑み、線を私のに落とした。 赤くひび割れ、節くれだった、老婆の。 美子の美しく入れされたマニキュアとは、あまりに対照なその皮膚をにして、娘は言葉を失った。
「帰りなさい。度とここへは来ないで」
私は静かにドアを閉めた。 ガチャリと鍵を回す。
の廊で、美子のヒールの音が激しくを叩き、やがてざかっていった。 胸の奥に、たいが吹き抜けた。 けれど、悔はなかった。
美子がってからも経たないうちに、今度は階段をドタドタと駆けがってくる荒々しい音が聞こえた。
ドン、ドン、ドン!
ドアが、拳で激しく叩かれた。
広告
「けなさいよ! 健司! そこにいるんでしょ! けなさいよ!!」
女の真紀だった。 甲い、ヒステリックな叫び声。
私はチェーンをかけたまま、ドアをセンチだけけた。 には、髪を振り乱し、肩で息をする真紀がっていた。 目は血り、化粧は崩れ、鬼のような形相で隙からを覗き込んでいる。
「お母さん! 健司は!? 健司はどこにいるの!?」
「健司さんなら、仕事よ。午の配送にているわ」
「嘘ばっかり! 会社のトラックは全部庫に止まってるわよ! あいつ、自分の個のでどっかったんでしょ! 逃げる気よ、あの男!」
真紀はドアの隙にを突っ込もうとした。
「真紀、やめなさい。所迷惑よ」
「所迷惑!? こっちのにもなりなさいよ!」
真紀の切り声が、アパートの吹き抜けに霊する。
「お父さんから話があって、健司を今すぐ連れて戻らなきゃ、私まで縁を切るって言われたのよ! 会社をクビにするだけじゃない、親戚の集まりにも度と顔をすなって! あいつのせいで、私のがめちゃくちゃよ!」
「健司さんのせいじゃないわ。私が頼んで、連れしてもらったの」
「関係ないわよ! あいつは婿なのよ! うちの敷居を跨がせてもらって、トラックに乗せてもらって、かしてもらってた分際で! なんで親父に逆らうのよ! なんでお母さんの方なんかするのよ!!」
広告
真紀のからびす言葉のつつが、のように汚れていた。 、自分を支え、い料ので文句つ言わずに尽くしてきた夫への敬など、最初から欠片もなかったのだ。 ただ、父親の威にぶらがり、姉に見されないための「都のいい駒」。
「おは、本当に変わらないな」
背から、く、押し殺した声が響いた。
振り返ると、階段の踊りに、作業着姿の健司さんがっていた。 には、コンビニのビニール袋。 私に頼まれていた牛乳と、パンが入っていた。
真紀が弾かれたように振り返る。
「健司……! あんた、どこってたのよ!」
真紀が駆け寄り、健司さんの胸倉を掴もうとした。 だが、健司さんはそのを、たく、払い落とした。
真紀のが、宙を泳ぐ。 度も夫から拒絶されたことのない女が、信じられないものを見るように目を見いた。
「な……にすんのよ……」
「声をすな。母さんの迷惑になる」
健司さんは私に会釈をすると、ポケットから鍵を取りし、隣の部――健司さんが自分名義で借りていた、同じフロアの角部のドアをけた。
「入れ。話があるなら、で聞く」
真紀は毒気を抜かれたように、ふらふらと健司さんの部へ吸い込まれていった。 私はチェーンをし、廊へた。 きりにさせるわけにはいかなかった。
健司さんの部は、私の部よりもさらに殺景だった。
畳のに、折りたたみの敷布団がつ。 装ケースがつ。 それだけだった。 まるで、最初から逃げす準備ができていたかのような、徹底した軽さ。