"母の友達" 第4話
お父さんも学の先で忙しかったし。あの頃、佳代さん、ほとんど毎のように瀬さんちに通ってたじゃないの」
夕方のたいが、のを吹き抜けていった。
「……毎?」
「そうよ。自転でね、朝くから来て、お洗濯やらご飯の支度やら、全部やってくれてたわよ。のなんかは、佳代さんが黄い傘を差して、学のまであなたを迎えにってたじゃない」
言葉がなかった。
「悠介ちゃん、あんなに懐いてたのに。佳代さん、佳代さんって呼んで、ろをついて歩いてたのよ。すっかり忘れちゃったの? 子どもの記憶なんて、そんなものかしらねえ」
林さんは穏やかに笑いながら、そう言った。
私は自分の元を見つめた。 アスファルトの隙からえた雑が、に揺れていた。
私の記憶のにある学とののは、いつも母がので待っていた。 紺のレインコートを着て、し背を丸めて、傘を差ししながら「悠介、寒かったでしょう」と笑いかけていたのは、違いなく母だったはずだ。
その記憶の、輪郭が。 敷き詰められたタイルのように確かだったはずの過が、元から音をてて崩れ始めていた。
林さんのを辞したあとも、元の覚がおぼつかなかった。
アスファルトを踏みしめる靴音が、の歩のようにく響く。
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え込んできた夕方の宅を、私はあてもなく歩いた。
のの景。の脇、きな杏のので、たまりを避けながらっていた。 「悠介、寒かったでしょう」 差しされた傘を受け取り、並んで歩いたあのは、母のものだったはずだ。母の指先にはの親指の付け根にさな傷の痕があり、を繋いだときにそのい触を覚えている――そう信じ切っていた。だが、その記憶の映像をどれほどので巻き戻しても、傘を差しかけてくれた物の顔に、がかかったようにピントがわない。声だけが、母のものとして再される。
本当にあれは、母だったのか。
あるいは、林さんが何か別の庭の記憶と取り違えているのだろうか。齢者の昔話だ。くのことなど、のの記憶があやふやになっていても無理はない。 そう自分に言い聞かせようとしたが、胃の奥に鉛をみ込んだようなたいみが居座ってれなかった。
実に戻ると、階はすでに暗くなっていた。 勝のサンダルはまだなく、母は階にいるようだった。きしむ階段を静かにがり、父の斎兼寝の引き戸にをかける。
「お母さん」
部の央、座布団のに正座した母が、膝のに冊の茶いバインダーを広げていた。 卓スタンドのだけが母の横顔をく照らしている。
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私が声をかけると、母は弾かれたようにバインダーを閉じ、背のスチールラックの隙へと滑り込ませた。
「……何よ、ノックもしないで」
「散歩にってたんだ。林さんのところに寄ってきた」
母の背が、わずかに張った。 ちがろうとせず、畳にをついたまま、く掠れた声で言った。
「……智子さんのところへ? 何をしに」
「京のお産を渡してきただけだよ。ついでに、佳代さんの話を聞いた」
部のの空気が、急激に度を増した。古いの匂いと、卓スタンドの球が放つわずかな気が、喉にへばりつくようだった。
「林さん、言ってたよ。僕が学の、の頃、佳代さんが毎このに来てたって。事も、僕の送り迎えも、全部あのがやってたって。……本当なの?」
母は答えなかった。 顔を背け、に落ちたスタンドのの円を見つめている。い唇が微かに震え、何かを言いかけ、そして押し黙った。
「どうして隠してたの。僕、度も聞いたことないよ。あの頃、母さんはずっと僕のそばにいてくれたとってた。のに迎えに来てくれたのだって――」
「もうやめて」
母が遮った。鳴り声ではなかった。擦り切れた布を引き裂くような、々しく、しかし絶対な拒絶だった。
「終わったことよ。父さんももういないのに、今さら蒸し返して何になるの」
「終わってないから聞いてるんだよ! 僕の記憶と、周りの話がまるで違うんだ。