"「ママって呼んじゃだめ」そう泣いた五歳の娘" 第11話
その物には、髪の毛ものもなく、目ももも描かれていなかった。ただの輪郭だけの、顔のない。
「ちゃん、この絵を描き終えたあと、ずっとじっと見つめていたんです」
田辺先が、静かに語りかけた。
「『これは誰を描いたの?』って優しく聞いてみたんですが、ちゃん、首を横に振るだけで……ただ言、『どこにたせたらいいのか、わからなくなっちゃったの』って」
画用のの、顔のない輪郭。
それは、莉奈の姿であると同に、にとっての「父親が持ち込んできた、理解能なの世界」そのものだった。
歳の子どものさなので、母親の隣にいるべき父親がさく追いやられ、見らぬがその輪郭を侵している。その物をどう扱えばいいのか、好きになればいいのか、恐れればいいのか、族として描くべきなのか、のままにしておくべきなのか――その答えを、歳児が見つけられるはずがなかった。
私は画用のにしゃがみ込み、その拙いクレヨンの跡を指先でなぞった。
目がくなり、奥歯をく噛みしめた。
健吾は言っていた。「たかが参観」「子どもはすぐに忘れる」と。
だが、忘れられるはずがないのだ。
が勝に持ち込んだ嘘の代償を、この子は今も、クレヨンを握るさなで必に抱え込み、消化しきれずに苦しんでいる。
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昇で待っていたは、私の姿を見ると、し緊張したようにを張らせた。
「ママ……お絵描き、見た?」
私はと同じ目のさまでしゃがみ、娘のさなを両で包み込んだ。
「見たよ。、に描けてたね」
「……あのね、あのちっちゃいね――」
言い訳をしようとするを、私は優しく遮った。
「言わなくていいよ、。無理にお話しなくて丈夫」
私はを抱きしめ、その元で静かに、けれど語語を刻みつけるように言った。
「そのがどこにつかはね、が決めることじゃないの。パパとママが、の責任で決めることなのよ。だからは、誰がどこにってても、気にしなくていいの。はね、ママのをしっかり握って、番真んで笑っていればいいんだよ」
は私の首元に顔を埋め、こく、とさく頷いた。
その背は、昨よりもほんのしだけ、張りが解けているようにじられた。
夕暮れの帰り、私たちは再びを繋いで歩いた。
の空が、燃えるような茜からいへと移り変わっていく。
健吾との調期は、来週の曜に設定されていた。
佐々先からの連絡では、健吾は依然として「婚は拒否する」「子どもの親権はこちらが持つべきだ」と主張し、頑なに自らの非を認めていないという。
だが、私にはもう迷いはなかった。
これは単なる夫婦の破綻ではない。
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父親というを笠に着て、子どものを都よく切り売りした男から、娘の尊厳を取り戻すための闘いなのだ。
夜、実の仏壇のに座り、静かにをわせていると、背から父が温かい緑茶を運んできてくれた。
「美咲。来週、準備はいいな」
「うん」
私は父の淹れてくれたお茶をすすり、まっすぐにを見据えた。
「にね、ちゃんと言ってあげたいの。『もう度と、ママって呼ぶのをしなくていいんだよ』って。そのために、私は絶対に歩も引かない」
湯呑みからちる湯気の向こうで、の朝を待つ静かな夜が、く息を潜めていた。
曜の午、さいたま内の雑居ビルにある佐々弁護士の事務所は、ブラインド越しに差し込む陽射しでく霞んでいた。
方形の会議用テーブルを挟み、私の正面に健吾が座っていた。
この週で、夫の纏う空気はらかに変わっていた。無精髭がうっすらと伸び、仕ての良かったスーツの襟元はしよれている。私と目をわせようとせず、貧乏揺すりを繰り返しながら、元の計ばかりを気にしていた。
「……こんな所まで呼びして、何の真似だ」
健吾は佐々弁護士をちらりと睨み、苛ちを押し殺したい声で言った。
「夫婦の問題だろ。でで話せば済むことを、わざわざ弁護士なんて入れて事にしやがって」
「で話しえる段階は、とっくに過ぎています」
佐々先が静かに割って入り、元の革表のファイルをめくった。