"「ママって呼んじゃだめ」そう泣いた五歳の娘" 第10話
事務所をて実へ戻ると、リビングのテーブルのに、健吾からの着信履歴で埋め尽くされた私のスマートフォンが転がっていた。
件を超える着信。それに続く、文のメッセージ。
『どこにいるんだ。勝にを連れしてどういうつもりだ』
『親のに逃げ込んだのか? いい歳して恥ずかしくないのか』
『莉奈に何を吹き込んだ。あいつが会社で泣き腫らして、俺まで業務に支障がてるんだぞ』
『話しいもしないで逃げるなら、警察に捜索願をす。子どもの連れりはおが犯罪者になるんだぞ』
画面に並ぶ文字の端々から、健吾の激しい焦燥と自己保が滲みていた。
自分を正当化するためなら、平気で「犯罪者」「連れり」といった言葉を妻に投げつける。そこに、娘の否を本気で案じる父親の姿は欠片もなかった。
私は画面を消し、源ボタンを押しした。
黒く静まり返ったディスプレイを見つめながら、私はく息を吸い込んだ。
もう、彼の言葉に怯える必はない。すべての窓は佐々先に本化されたのだから。
*
別居を始めてから週が過ぎた。
健吾からの直接の連絡は、弁護士からの受任通が届いたことでぴたりと止まった。佐々先からの報告によると、健吾は職に届いた内容証を見て激昂し、事務所に鳴り込みの話をかけてきたそうだが、先の事務かつ徹な対応のに、最終には言葉を失って話を切ったという。
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だが、の争いが法な続きへと移する方で、最も刻な問題は、庭の内側で静かにしていた。
が、笑わなくなったのだ。
実での活は平穏そのものだった。母は毎の好物を作り、父は庭のさな池にいるメダカをと緒に眺めてくれた。田辺先の配慮もあり、幼稚園でもの園児たちとトラブルを起こすことなく過ごしていた。
けれど、は常に、どこかくを伺うような目をしていた。
夜、布団に入ると、は私の胸に顔を押し当て、微かに震える声で決まって同じことを尋ねてくるのだった。
「ママ……パパ、お仕事忙しいの?」
「……パパはね、今、で別のおにいるのよ」
「どうして? が、ウサギさんのことお話しちゃったから?」
そのたびに、私は胸を刺されるような痛みを覚えた。
がいくら「あなたのせいじゃない」と言い聞かせても、歳の子どもの世界では、自分が秘密を打ちけた翌に父親が消え、み慣れたをれることになったという因果関係が、残酷なまでに直結してしまうのだ。
「違うよ、。パパとママがね、でちゃんとお話しなきゃいけないことがあるからなの。が本当のことを言ってくれたのは、すごく正しいことだったのよ」
「……でも、パパ、ってた」
はさな指で私のパジャマのボタンを弄りながら、涙を溜めて呟いた。
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「がね、参観でママのお顔見たとき、すごく嬉しかったの。本当はね、ぎゅーってしたかったの。でも……パパが、あのお姉さんがだからって……、どうすればよかったのか、わかんないの」
子どものので、父親への慕と、母親への罪悪、そして見らぬへの恐怖が、ぐちゃぐちゃに絡まりっていた。
健吾が犯した最の罪は、倫そのものよりも、この無垢なに「どちらかを裏切らなければならない」という過酷な選択をいたことだった。
その決定な歪みが、形となって現れたのは、週末を控えた曜のことだった。
幼稚園のお迎えにった際、田辺先がし困惑したような表で、私を冊のスケッチブックのへ案内した。
「お母様、今、自由画のがありまして……」
教の壁には、園児たちが描いたとりどりの絵が並んでいた。族とおかけした絵、好きなアニメのキャラクター、鮮やかな物たち。
そので、の描いた枚だけが、異様な構図を持っていた。
画用の央には、きく鮮やかに描かれた私との姿があった。をつなぎ、笑顔を浮かべている。
けれど、画用のの隅っこに、米粒のようにさく、黒いクレヨンだけで描かれた男のの姿があった。
そして――その男ののすぐ隣に、もう、同じようにさく描かれた物がいた。