みかん小説
本棚

"「ママって呼んじゃだめ」そう泣いた五歳の娘" 第3話

「ありがとうございます……ご迷惑をおかけして本当にすみません」

私はくをげ、のさなを握りしめて幼稚園のをた。

振り返ると、正の植え込みので、健吾と莉奈が激しく言い争っている姿が見えた。だが、今の私にはそのにかける線すら惜しかった。

守るべきものは、私の隣で懸命に歩調をわせている、このさな命だけだ。

*

幼稚園から自宅までの、は異様なほど静かだった。

普段なら、幼稚園からの帰りはのお喋りで埋め尽くされる。今のおは何だったとか、砂で誰とトンネルを作ったとか、先が読んでくれた絵本がどうだったとか、さなを休むもなくかしているはずだった。

だが今は、繋いだをただく握り返してくるだけで、言も発しない。

宅の舗装されたアスファルトに、私たちのが並んで伸びている。折通り過ぎる所のに挨拶を返しながらも、私の臓は鉛のようにく沈んでいた。

築の建売宅。健吾とで宅ローンを組み、の成を願って選んだこのが、今はひどくえ切った箱のように見えた。

玄関に入り、の靴を脱がせる。

「うがいと洗い、しようか」

「うん……」

洗面所で踏み台に乗り、さなで鹸を泡てるを、私はろから見守った。

広告

鏡に映る娘の顔は張り、いつもならるく輝いている瞳が、の嫌を伺うように揺れている。

リビングに戻り、私はのために温かい麦茶を淹れ、凍してあったうどんをの汁で煮込んだ。計の針は半を回っていたが、私自の喉はからからに渇き、胃の腑は何も受けつけそうになかった。

「、しでもべられそう?」

テーブルのに座ったは、さく頷いて箸を持った。だが、ほどに運んだところで、が止まってしまう。

私はの向かいの席に腰をろし、娘の目線にわせるようにを乗りした。

「、美しくない? 無理してべなくてもいいよ」

「……ううん。おいしい」

は器を見つめたまま、ぽつりと言った。

そして、い沈黙のあと、さな指先でテーブルの目をなぞりながら、絞りすような声で呟いた。

「ママ、ってる……?」

その問いに、私の胸が激しく痛んだ。

歳の子どもが、自分のせいで母親がっているのではないかと怯えている。母親のの責任を、さな背に背負い込もうとしている。

「」

私は優しく、だがはっきりとした声で娘の名を呼んだ。

「ママはね、ってるよ。でも、に対してってるんじゃないの。に嘘をつかせて、しいいをさせたパパに対してってるの。は何も悪いことなんてしてないんだよ。

広告

そこだけは、絶対に勘違いしないで」

は顔をげ、私の目をじっと見つめた。そのきな瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。

「でもね……パパが、がお話しちゃったら、おがぐちゃぐちゃになっちゃうって言ってたの」

息が止まりそうになった。

「おが、ぐちゃぐちゃになる……?」

「うん。パパとママがケンカして、パパがおからいなくなっちゃうって。だから、莉奈お姉ちゃんとおかけしたことも、絶対にママに言っちゃだめだって……」

はそこまで言うと、ぽろぽろと粒の涙をこぼし始めた。

私はちがり、子の横からをく抱きしめた。

「ごめんね、。怖いいをさせて、本当にごめんね」

私の胸ので、は声を押し殺して泣いていた。声をげて泣くことすらしているような、自然な泣き方だった。それが余計に私の胸を締めつけた。

健吾は、今が初めてではなかったのだ。

「莉奈お姉ちゃんとおかけした」という言葉。それは、これまでにもがを連れしていたことをしていた。

娘を抱きしめながら、私のので過数ヶの健吾のが、猛烈な勢いで巻き戻されていった。

ここヶほど、健吾は休に「とで公園にってくる」「ホームセンターに買いしにくついでに、をドライブに連れていく」と言って、頻繁に娘を連れしていた。

私はその、溜まっていた事を片付けたり、パートの持ち帰り仕事をこなしたりしていた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: