"「お父さんの同僚ですか?」と、夫の娘は微笑んだ" 第5話
どちらの庭に対しても「仕事の犠牲になっている誠実な男」の仮面を被り、両方の罪悪を仕事という便利な言い訳で帳消しにしていたのだ。
その、ラウンジの入りにある自ドアがき、ひとりの女性が息を切らせて入ってきた。
代半。柄で、なネイビーのウールコートを着ていた。髪をろで無造作に束ね、化粧気のない顔にはい疲労が刻まれている。には急いでをてきたことを物語るような、使い古されたトートバッグが握りしめられていた。
川理恵さんだった。
「奈緒!」
彼女はラウンジを見渡し、奈緒さんの姿を捉えると、周囲の目を気にする余裕もなくに歩み寄ってきた。
「ママ……」
奈緒さんがちがろうとしたが、理恵さんはその娘の姿を確かめると、すぐに線を向かいの修へと移した。
修は、まるで幽霊でも見たかのように子から腰を浮かせ、腰のまま凍りついていた。
「理恵……どうして、こんなところまで……」
「幹線に乗れば、ちょっとで着くわよ」
理恵さんの声は、く、震えていた。彼女は夫を睨みつけた、隣に座る私へと線を向けた。
の女の線が、初めて真正面からぶつかりった。
派ななどではなかった。
爪はく切り揃えられ、指先は荒れていた。護の仕事をしていると聞いていた通りの、活と労働の匂いをまとった、ごく普通の、誠実そうに見える女性だった。
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それがかえって、私の胸を鋭く締め付けた。もし相が若くて華やかな女であれば、単なる男の浮気や欲望の暴として軽蔑し、切り捨てることもできたかもしれない。だが、目のにいる女性は、私と同じように々の暮らしを営み、夫というを信じてきてきたそのものだった。
「初めまして、奥様」
理恵さんは、々とをげた。その背は微かに震えていた。
「話でお話しした、川です。奈緒が……変なご無礼をいたしました」
「をげてください、理恵さん」
私は言った。努めて平穏を保とうとする私の声が、ラウンジの静けさに溶けていく。
「失礼があったとすれば、それは奈緒さんではなく、この男です。どうぞ、座ってください」
理恵さんは躊躇しながらも、奈緒さんの隣の空いた席に腰をろした。
が同じテーブルを囲むという、グロテスクで救いのない景が完成した。
「修さん」
理恵さんは、コートの襟元を握りしめながら、夫を据え置くように見つめた。
「どういうことなの。説して。あなたがの奥さんと別れたのは、私があなたと会うのことだって……奈緒をごもったも、そう言ったじゃない」
「理恵、それは……」
修の喉が引きつったように鳴った。
「あのは、本当のことを言えば、おが奈緒を産むのを諦めてしまうんじゃないかとったんだ。
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おはの結婚で酷い目に遭って、傷ついてただろう。俺がおと子供を支えてやりたかったんだ」
「支える?」
理恵さんの眉がねがった。その瞳に、信じがたいものを見るような憤が灯る。
「私の傷を理由にするの? 私が籍を入れない事実婚でいいと言ったのは、あなたがバツイチで、もう婚姻関係に縛られたくないと言ったからよ。私たちが緒に暮らしてきたの、あなたは度だって、自分がまだ結婚しているなんて言わなかった。私が奈緒をひとりで育てるに押しつぶされそうになっていたも、あなたは『いつかちゃんと族として落ち着く』って言ってたじゃない!」
「落ち着くつもりだったんだ!」
修はすがるように両を差しした。
「定だ。定を迎えたら、俺は会社の縛りからも解放される。だから、これからは静岡でおたちと緒に暮らすって、約束しただろう?」
その言葉を聞いた瞬、私の背筋にたい刃物が突きてられたような覚がった。
「修さん」
私は遮った。静かで、しかし決して聞き逃せないさを持った声だった。
「今、なんて言ったの?」
修が息を呑み、怯えたように私を見た。
「美紀……」
「定を迎えたら、静岡で暮らす約束をしていたの? 理恵さんと?」
私は夫の目をまっすぐに見据えた。逃げようとする彼の線を、逃さなかった。