"捨てられた整備士、沈黙の咆哮" 第24話
誰も、声をせなかった。
笹本はそのにち尽くしたまま、息をすることすら忘れていた。
田もまた、マフラーからちるい煙を見つめたまま、微だにしなかった。
シャッターの脇にっていた川は、腕を組んだ姿勢のまま全を直させ、そのは抜けなほど半きになったまま、ピクリともかなくなっていた。
温かい排気ガスの匂いが、のえ切った空のいところから、波のように満ちてきた。
触媒のついていない、現代のでは決して嗅ぐことのできない、濃密で、どこか甘く、そして吸い込むと舌の根元にざらりとしたカーボン特の苦が残る、あの懐かしい排気ガスの匂い。
その匂いを吸い込んだ瞬、笹本の目の奥がツンとくなった。
運転席の榊原は、ステアリングホイールを両で握りしめたまま、方のフロントガラスを見つめていた。
その背が、刻みに震え始めた。
震えは瞬くに両肩へと伝わり、やがて老は、両で顔を覆って突っ伏した。
指の隙から、押し殺した嗚咽とともに、掠れた声が漏れ聞こえてきた。
「……この音だ」
老は、顔を覆ったまま、何度も、何度も同じ言葉を繰り返した。
「この音だ……違いない……。妻と、初めてあの辺のをったと……全く同じ音だ……!」
傾きかけた夕が、け放たれたシャッターの入りから斜めに差し込み、暁の濃紺のボディを黄に染めげていた。
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そののなかで、台のが、分の痛みを脱ぎ捨てたかのように、力く、誇らしげに呼吸を続けていた。
榊原の頬を伝った粒の涙が、あごの先からボロボロとこぼれ落ち、ステアリングのホーンボタンのへと落ちていった。老はそれを拭おうともしなかった。
笹本は目に湧きがってきたいものを必にこらえ、見られないように顔を背けた。
その線の先に、田美紀がっていた。
彼女は、泣いていなかった。
両を腰のウエスに突っ込み、エンジンの排気音に全神経を集させるように、いつもの癖で首をかすかにへと傾けていた。
まだ、聞いているのだ。
直っていない箇所が、まだどこかに残されていないか。ボルトの緩みはないか、ベアリングに微細な異音は混ざっていないか。この職は、奇跡を成し遂げたこの瞬においてなお、との対話を終わらせていなかった。
笹本の肩甲骨のあいだが、ジーンとくなった。
この週で、最も確信に満ちたいが胸を満たしていた。
このは――才などというっぽい言葉で片付けていいではない。ただ誰よりも愚直に、誰よりも誠実に、つの命と向きい続けているだけの、本物の職なのだと。
やがて、キーが捻られ、エンジンの咆哮が静かに止まった。
ゆっくりとからりてきた榊原は、赤く腫らした目のまま、田のへとまっすぐに歩み寄った。
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「……つだけ、教えてください」老の声は、まだ微かに震えていた。「君は……どうして、のの誰もが見抜けなかったこれほどの具を、突き止めることができたのですか?」
田はすぐには答えなかった。
作業着の裾での油を拭い、静まり返った暁のボンネットを度だけおしそうに見つめてから、榊原へと向き直った。
「……音を聞けば何でも分かるというような、特別なを持っているわけではありません」
「では、なぜ……?」
田はさく息を吸い込み、静かに言った。
「私は……分からないんです」
榊原が怪訝そうに眉をかした。
のは、急速に黄昏のをめていた。笹本は事務所の壁にを伸ばし、パチンとスイッチを入れた。本だけき残っている蛍灯が、い無質なをのへと落とした。
「の優秀な備士の方々が、で見極められる結論を、私にはすことができません。『ここまで見れば、もう分だろう』という妥協の境界線が、私にはどうしても引けないんです」
田の声は、いつもよりしだけきく、凛と響いた。
「だから……全部見るんです。分からないから、最初から最まで、すべてのボルトを、すべての隙を、自分の目で確かめるしかないんです」
柱計のチク、タク、という音だけが、静寂を取り戻したに響いていた。