"捨てられた整備士、沈黙の咆哮" 第22話
「最まで、ですか。……まあ、今末で板をろすには、お似いの悠さですね」
川は胸ポケットから自らの名刺を抜き取ると、作業台の端に放りすように置いた。
「の夕方、またこののを通りかかりますよ。……もし万が、そのから音がしていたら、私のの穴を疑ってやりますよ」
スライドドアが乱暴に閉まり、いライトバンは砂利を蹴散らして坂をっていった。
そのエンジン音が完全に消えっても、は暗いので、彫像のようにかなかった。旋盤のモーターのと、切削油のえ切った匂いだけが、たく漂っていた。
田はマイクロメーターを両で固く握りしめたまま、うつむき続けていた。
やがて、絞りすような、か細い声が漏れた。
「……笹本さん」
彼女は、顔をげることができなかった。
「……今は、帰らせてください」
「田……」
「、必ず来ます。……ただ、今は……どうしても、数字が読めません」
震える彼女のので、属の測定器がカチカチと微かな音をてていた。
笹本は、彼女を引き止めなかった。
田がい取りで鉄の具箱を提げ、の引き戸をけてていった、作業は急に広くなったようにじられた。
笹本はたったで、再び旋盤のにった。
スイッチを入れ、唸りをげるベルトの音を聞きながら、削りかけの真鍮のブッシュを回転させる。
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バイトの刃を当てても、の覚がうように定まらなかった。胸の奥底がの玉のようにく煮えたぎっているのに、指先だけが、の氷のようにたく張っていた。
その夜、笹本はき父のあの言葉を、の井に向かって何度も、何度も反芻していた。
『を雑に扱わない奴だけは、どんなことがあっても絶対に追い返すな』
雑に扱われていたのは、だけではなかったのだ。
翌朝、笹本がいつもよりくのシャッターを押しげると、田美紀はすでに鉄扉のにっていた。
昨夜、でどれほど泣いたのか、その目の縁は赤く腫れがっていた。
しかし、元に置かれた鉄の具箱の持ちを握りしめる彼女のには、昨までの迷いや怯えは微も残っていなかった。
「……おはようございます」
笹本は余計な言葉を切にしなかった。
「昨の続きだ」
それだけをく返すと、笹本は旋盤のメインスイッチを叩き込むように入れた。
削るのは、笹本。 測るのは、田。
の呼吸が完全に致した作業は、昨までとは比べ物にならない凄まじい速度でんでいった。
笹本がハンドルを回してバイトを当て、真鍮の表面をわずかに削り落とす。田がノギスを滑り込ませ、マイクロメーターのシンブルを指先で滑らせて数値を読み取る。
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「マイナス、〇・〇ミリ」
田の声を聞き、笹本が微送りハンドルをメモリつ分だけ回転させる。
削ってはし、しては測り、再びチャックに固定して刃を当てる。
正午を告げる防災無線のサイレンがくで鳴り響いた頃、田のノギスを握るが、ピタリと止まった。
彼女はマイクロメーターの目盛りを度、度、度と読み直した。そして、度目に目盛りから目をすと、笹本の顔をまっすぐに見げた。
「……入ります」
その言を聞いた瞬、笹本は肺のの空気をすべて吐きすように、くい息を吐いた。
削りされた特製の偏芯ブッシュが暁のエンジンブロックへと組み付けられたのは、午の差しが傾き始めた頃だった。
フレームのミリの歪みから逆算され、寸分の狂いもなくオフセットされた真鍮のパーツは、まるで最初からその所へ収まるためにまれてきたかのように、抵抗も引っかかりもなく、スルスルと吸い込まれるように奥へと滑り込んでいった。
田はディストリビューターのキャップを固定し、タイミングライトを繋ぎ、そこからさらに以を費やして、点期の微調をミリ単位で繰り返した。
計の針が午半を回った頃。
のから、砂利を踏みしめる品な革靴の音がづいてきた。
事務所の引き戸がき、現れたのは榊原善夫だった。あのと同じ、仕ての良いツイードジャケットを羽織り、その表には緊張と覚悟が混ざりっていた。