みかん小説
本棚

"捨てられた整備士、沈黙の咆哮" 第5話

――何をしてやがるんだ、あいつは。

軽自のエンジンがようやく止められたのは、始から実に分くが経過した頃だった。田はゆっくりとからりると、ようやくボンネットをけ、細のペンライトを取りした。

作業が始まってから、が経過した。

笹本の元の作業はすでに完していた。預かっていた別の軽トラの回りの赤錆をワイヤーホイールで削り落とし、シャシーブラックの防錆塗装を均に吹き付け、あとは塗料の乾燥を待つばかりの状態だった。

ふと線を向けると、田はまだ軽自のボンネットのにを突っ込んでいた。さなペンライトの細いの筋が、暗いエンジンルームの奥く、バルクヘッドの配線の隙を舐めるようにい回っている。本のバキュームホースをつまんでは曲げ具を確かめ、オルタネーターのベルトの張りを指の腹で微細に押し込み、またライトを当てる。その作はあまりにも遅く、慎すぎた。

が過ぎた。

正午のサイレンがくの防災無線から響き渡り、昼休憩のを回っても、田はリフトで胸のさまで持ちげた軽自のから向にてこようとしなかった。

笹本は事務所から持ってきたえたおにぎりをに放り込み、半分ほど咀嚼したところで、たまらず作業へと様子を見にった。

広告

湿気を含んだ苔が顎にべったりとまとわりつき、米のなどまるでじられなかった。

リフトのへを踏み入れた瞬、笹本のからわず気を含んだ声が漏れた。

「おい……っ! 田!」

笹本は目のの景に絶句した。

リアののドラムブレーキが、バックプレートとホイールシリンダーを残して完全にバラバラに分解されていたのだ。ブレーキシュー、リターンスプリング、アジャスター、ホールドダウンスプリングといった細かな属パーツが、広げられた清潔なウエスのに、取りされた順番のまま寸分の狂いもなく然と並べられていた。

笹本は並べられた部品と、輪の奥のブレーキドラムを交互に見ろし、声を荒らげた。

「おい、何をしてるんだ! 定期点検だぞ! 誰がドラムのまで全部バラせと言った! 端田さんはブレーキのオーバーホールなんて言も頼んじゃいねえぞ!」

体のからぬっと姿を現した田は、黒いブレーキダストで汚れたのひらを腰のウエスで拭いながら、の起伏のない静かな声で答えた。

「……でも、この音が気になります」

「音だと?」笹本は眉をねげた。

「ろの、側です。ブレーキペダルを踏み込んで、完全に踏み終わる直の極めて微かな瞬に、属が擦れるような擦過音が度だけ混ざります」

広告

笹本は呆れたように息を吐き捨てると、「どいてろ」と田を押しのけて軽自の運転席に乗り込んだ。ドアを閉め、キーを捻ってエンジンをかける。リフトからをろさせ、の敷内の砂利を、と退を繰り返して何度も往復してみた。

速度をげ、くブレーキを踏み、あるいはゆっくりとペダルを踏み込んでみる。

に入ってくるのは、排気量エンジン特の頼りない唸り声と、砂利を踏みしめるタイヤのジャリジャリという音、そして経劣化で軋む内装のプラスチックの擦れう音だけだった。

笹本はの穴をかっぽじるようにして神経を集させたが、田が言うような「擦れる音」など、どれほど注くを澄ませても微も聞こえてこなかった。

「……何も聞こえねえじゃねえか。気のせいだ、さっさと組み直せ!」

結局、田が分解したのブレーキを元通りに組みげ、規定トルクでボルトを締め直して点検を完したには、の並みに夕が沈みかけていた。

引き取りの約束だった夕方きっかりに現れた端田さんは、作業が終わっていないことをらされ、事務所のパイプ子に腰掛けて分くも待たされる羽目になった。

その、笹本は作業の片隅で田の作業を急かしながら、事務所へ戻っては「申し訳ありません、もうすぐ終わりますので」

と端田さんにペコペコとをげ続けた。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: