みかん小説
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"捨てられた整備士、沈黙の咆哮" 第1話

「使えないと言われて、やめました」

に濡れた作業着の女は、そう言ってくをげた。

沢町の町れ、緩やかに傾斜する古びた県沿いにつ笹本自備は、あとにその板をろし、半世紀い歴史に幕を閉じることがすでに決まっていた。事務所の引きしには、税理士から突きつけられた徹な数字の並ぶ清算類と、数千万円におよぶ残債の返済計画がく沈んでいる。残された借だけを背負い、毎の利息の支払いに追われながらで油にまみれてきた歳の男に、しくを雇い入れるような銭余裕も、の隙も残されているはずがなかった。

それでも、主の笹本平は、作業靴のつま先をで汚した女の元に置かれた、つの古い鉄製の具箱から、どうしても目をすことができずにいた。

それは、方の角がの摩擦ですっかり丸くすり切れ、かつて塗られていたはずの青いペンキがほとんど剥げ落ちて、の黒ずんだ鉄肌がむきしになった無骨な箱だった。持ち具の付け根には、過酷な現で酷使されてきた歳が、無数の細かい引っかき傷や打痕となって刻み込まれている。このの笹本には、まだる由もなかった。幾もの専を巡り、どこへ持ってっても度と息を吹き返さなかったあの台のが、この打ち捨てられようとしていたの最のを、鮮やかにき換えることになるなどとは。

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女はく腰を折ったまま、をげ続けて姿勢を微だにさせなかった。

は、朝方の暗がりから途切れることなくり続いていた。の正面に広がる敷の砂利はすっかり黒ずんでを吸い込み、錆びたトタンの軒先から絶えなく落ちる無数の滴が、全く同じ所のを穿ち、さなたまりのに同円の波紋を広げている。

事務所のアルミサッシの引き戸にをかけたまま、笹本は濡れて丸まったその細い背を、眉にい皺を刻みながらじっと見ろした。首筋を伝って作業着の襟元へと吸い込まれていく粒を見つめ、笹本は胸の奥の苦しい空気を吐きすようにをいた。

「……悪いが、うちはを募集しちゃいないんだ」

そのしゃがれた声を聞いて、女はようやくゆっくりと顔をげた。

見げたその顔ちは、笹本が最初に像していたよりもずっと若かった。をし過ぎたばかりの頃だろうか。化粧の気配がまったくないい肌には、湿気を含んだ額にめの髪が数筋張り付いており、切れの目のには、何もまともな眠りを取っていないことを物語るい隈が浮かんでいた。

女は笹本の淡な拒絶の言葉にひるむ様子も見せず、粒で濡れた自分の両ののひらを、作業着の太もものあたりで丁寧に度、度とこすりわせて気を拭った。

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そして、胸ポケットからつ折りにされたい封筒を両で取りし、笹本の胸元へ差しした。

「求を見て伺ったわけではありません。……田美紀と申します。備士です」

差しされたい封筒の端は、りしきるの湿気を吸って、わずかに波打つようにふやけていた。笹本は線をその封筒と女の真剣な瞳のあいだで往復させ、受け取るべきか、それともこのまま追い返すべきか、数秒のあいだ激しく迷った。だが、のでじっと自分を見つめ返すその澄んだ差しに気圧され、結局、無言のまま骨張ったを伸ばして封筒を受け取った。

笹本が踵を返して暗い事務所のへを踏み入れると、田もまた、元のい具箱を片で持ちげ、を落としながら静かにそのあとに続いた。

事務所のは、昼だというのに暗かった。井に本並んだ直管蛍灯のうち、奥の本はずっと以から寿命を迎えて切れたままであり、取り替える費用さえ惜しんで放置されていた。部の片隅に置かれた代物の油ストーブのでは、煤けたさなやかんが、シューというかすかな蒸気の音をてている。

笹本は油染みのついた事務机の端に腰をかけ、封筒から履歴を抜きして広げた。

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