"末席の男が放った三百億の通告" 第36話
俺は、静かな斎で、声をしてで笑ってしまった。
曜の夜に、こんなにも自然に笑えた自分自に、驚きを隠せなかった。
『寝てるよ。……今度、港堂にかないか?』
返信は、数秒で届いた。
『、お仕事が終わってからなら』
翌、の曜、午。
俺は元駅の暗い裏にある、「港堂」の使い古されたの簾をくぐった。
代、弁当の仕込みバイトを終え、夜の物流倉庫へ向かうのわずかなに、百円のい噌汁と、から持参したえた塩結びを胃袋に流し込んでいた、いのだった。
主は代替わりしていたが、カウンターの傷のさも、壁に貼られた品きの独特の跡も、昔のままだった。
貞子は、すでに奥の掛けのテーブル席にで座っていた。
「社さんが、こんな所でいいの?」
俺がパイプ子に腰をろすなり、貞子は悪戯っぽく笑いながら尋ねてきた。
「ここがいいんだよ。……本気でそうってる」
俺が答えると、貞子は嬉しそうに目を細めた。
「記事、読んだか?」
「……読んだよ。図館の同僚に教えられたの。『これ、田さんの同級の堀君じゃない?』って」
「なんて答えたんだ?」
「『らない』って答えた」
貞子は元の湯呑みを両で包み込むように持った。
「だって、会社の詳しいことなんて、私、何も聞いてなかったもん。
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……でもね、聞いてなくて本当によかったとってる」
「どうしてだ?」
「もし同窓会の夜にそんな凄い会社の話を聞いてたら、私、緊張して弘君とうまく喋れなくなってたとうから」
「そうかな」
「そうだよ。百億円の社さんと、百円の噌汁の話なんて、普通はできないもん」
俺は吹きし、貞子も声をてて笑った。
百億円の男と、百円の噌汁の話をするために、このは今夜ここへ来てくれたのだ。
「図館の仕事は、どうだ?」
「変わらないよ。子供たちが来て、本を借りて、読み終わって返しに来る。カウンターで本を受け取ったの子供の顔を見れば、その本が面かったかどうかがすぐに分かるの。それを見届けるのが、私の仕事」
「……いい仕事だな」
「弘君、同窓会でもそう言ってくれたよね。……本当にそうってくれてるんだ」
「ああ。俺は、本気じゃないことは言わない主義だからな」
注文したアジフライ定と豚汁が運ばれてきて、箸をつけた。
懐かしい油の匂いと、汁のりが腔をくすぐる。
ほどべたあと、俺は元に置いてあったビジネスバッグのファスナーを静かにけた。
「……田。ののノート、覚えてるか?」
「ノート?」
貞子は箸を止め、首を傾げた。
「私が休んだに、机のに入ってたやつだよ」
「……そんな昔のこと、覚えてるの?」
「忘れるわけないだろ」
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俺はバッグの底から、あの冊の学ノートを取りし、テーブルの央へと静かに置いた。
に焼けて茶く変し、角が丸く擦り切れたノート。
貞子の瞳がきく見かれ、テーブルののノートと、俺の顔を何度も往復した。
「……うそ。持ってたの?」
「最の冊目だけ、どうしても捨てられなくてな。引っ越しのたびに、番事な荷物と緒に運んできたんだ」
貞子は震える指先を伸ばし、表の隅の掠れた文字にそっと触れた。
『分からないところあったら、聞いて』
「……ただ、ノートを取って渡しただけだよ。したことじゃないのに」
「俺にとっては、ただのノートじゃなかった」
俺はノートを引き寄せ、裏返した。
そして、、度も誰にも見せなかった裏表の内側を、貞子の目のでゆっくりといた。
そこには、の田貞子の跡で、鉛でこう記されていた。
『先、堀君はサボっていません。働いています。 田貞子』
貞子の息が止まった。
その線が、の自分の文字に釘付けになったまま、かなくなった。
「……これ、覚えてるか?」
貞子は答えなかった。
答える代わりに、を元に当て、顔を伏せた。
「……渡せなかったの」
指の隙から、掠れたさな声が零れ落ちた。
「先に渡そうとっていたんだけど……どうしても渡せなくて。ノートの裏にいたことすら、ずっと忘れてた……本当に、忘れてたの……」
「卒業式のに見つけたんだ。それから、ずっと元に置いてた」