"末席の男が放った三百億の通告" 第29話
実物と対面するのは、実にぶりのことだった。
そのろに、厳しい表の古川部、そしてコンプライアンス統括部の責任者である宮信子が続く。
そして最尾から、幽霊のように音を忍ばせて入ってきたのが、久エリだった。
同窓会の夜のあの鮮烈な赤いワンピースとは打って変わり、な濃のリクルートスーツにを包んでいた。化粧は極限までく落とされ、髪はろで無造作に束ねられている。その顔は、まるで漂された画用のように青かった。
エリは俺の姿を認めるなり、弾かれたように線をへと落とした。
テーブルを挟み、あさぎ側は俺、柴田、井の名。
向かい側に王の名が腰をろし、エリだけがテーブルの最も端の席に、を縮こまらせるようにして座った。
宮が、張り詰めた沈黙を破ってをいた。
「本は、貴なおをいただき、より御礼申しげます。最初に、本の面談の趣旨を確にさせていただきます。私どもの内調査はすべて完しております。本は、確認された事実のご報告と、からのお詫びを申しげるとして参いたしました。それ以の弁解や条件交渉は、切いません」
切のを排した、峻烈なバンカーの声だった。
「承いたしました」
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俺がく応じると、端の席に座っていたエリが、すがるような目で顔をげた。
「……弘」
「久次」
俺はエリの言葉を即座に遮り、徹な線を浴びせた。
「同窓会ならともかく、ここはビジネスのです。苗字で呼んでいただきたい」
エリの唇が、引きつったように止まった。
「……はい」
蚊の鳴くような、掠れた声だった。、彼女は俺を「弘」と呼び捨てにし、俺は彼女の名を呼んだことすらほとんどなかった。今この瞬から、俺たちはただの顧客と、祥事を起こした員という、埋めようのない関係へと確定したのだ。
そのとき、央に座っていた久隆史取が、静かにちがった。
「堀社。……この度は、弊の経営企画部次であり、私の実の娘である久エリの、言語断の祥事につきまして、よりくお詫び申しげます」
久取は、直角に腰を折り、く、くをげた。
古川部と宮も即座にちがり、同じ角度で々と礼を取る。エリは拍遅れてちがり、誰よりもく、額がテーブルに届かんばかりにを垂れた。
「……取、どうぞお直りください」
が席に戻るのを見届け、俺は両をテーブルので組んだ。
「取。私は、あなた個を私怨で責めるつもりは毛ありません」
その瞬、久取の張っていた肩から、目に見えて微かに力が抜けた。
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この男は、罵倒され、糾弾されることを覚悟して、幹線に揺られてやってきたのだ。その覚悟を見届けてから、俺はを置かずに言葉を続けた。
「――ですが、資を王に戻すことは、輪際ありません」
久取の肩が、ピシリと凍りついた。
「……なぜでしょうか」
久取が静かに尋ねてきた。りのこもった声ではない。真実の理由を、の底からりたいと乞い願うバンカーの差しだった。
「が社が百億円もの資を貴に預託してきたのは、取のご令嬢と懇にするためではありません。王という組織の健全性と、その信用を信じていたからです」
俺は元の資料に線を落とすことなく、久取の瞳だけを見据えて語った。
「その信用に、修復能な疑義がじた以、資を引き揚げてへ分散させるのは、千名の社員を抱える経営者として当然の危管理です。個のみではありません。資の分散は、が社の財務責任者である柴田が、から正当に具申してきたことでもあります。……それを、私が独断で断り続けてきました。断り続けてきた理由も、久次とは何の関係もありません。そして、断るのをやめた理由も、彼女に対する個なりではないのです」
久取は、瞬きつせずに俺の言葉を聞いている。
「取の娘というを利用すれば、私な酒の席で顧客に対する取引止を平然とにできる――そのようなガバナンスの崩壊した組織であると呈したこと、それが理由のすべてです」