"末席の男が放った三百億の通告" 第9話
学の担任には、公衆話から母の状況を伝えた。話で担任は言った。
『堀、無理しなくていいからな』
それは、教師としての優しい言葉だったはずだ。
だが、当の荒んだ俺のには、その言葉を素直に受け止める余裕がなかった。『無理しなくていい』という言葉は、『おのような貧乏は、無理して学に来なくていい』という宣告と同じ響きに聞こえてしまったのだ。
週、母の容態がひとまず落ち着き、俺は久しぶりに制を着て教へと登した。
朝のホームルームの、い取りで自分の席に着き、机の引きしの奥へとを差し入れたときだった。
指先が、乾いたの角に触れた。
引きしてみると、それは真しい冊の学ノートだった。
表をめくると、俺が休んでいた週の付がごとに記され、目から目までの授業内容が、教科ごとに寸分の狂いもなく几帳面な文字で記録されていた。
黒板の板の丸写しだけではなかった。数学の担当教師がで解説した解法の補、英語のテストの題傾向、現代文の宿題の範囲と提期、学級委員から伝達された連絡事項――俺がだったの教のすべてが、その冊のノートに完璧に凝縮されていた。
そして、ノートの表のの隅に、さな文字で、鉛でだけき添えられていた。
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『分からないところあったら、聞いて』
消しゴムで度消して、圧を抑えて丁寧にき直した跡があった。
ノートのどこにも、差の名はかれていなかった。だが、名などかれていなくても、その端正でし丸みを帯びた跡を見れば、誰のものか瞬に分かった。田貞子の文字だった。
放課、徒たちが部活へ散っていく、俺はそのノートを胸に抱え、窓際の貞子の席へと歩み寄った。
「田……これ。なんで、ここまでしてくれるんだよ」
貞子は通学カバンのに教科を詰め込むをかしたまま、顔をげようとしなかった。
「弘君、サボってるわけじゃないでしょ」
「……え?」
貞子はカバンの留めをカチリと鳴らして閉じ、そこでようやく顔をげた。その瞳には、憐れみも、見すようなも、微も宿っていなかった。
「働いてるだけじゃん」
それだけだった。
たったそれだけの言葉が、歳の、世界から孤しかけていた俺の魂を、どれほどく救ったか。
『救い』という言葉を、俺はげさだとは今でもっていない。
当の周囲のは、誰もが俺を「貧乏でな奴」として見ていた。憐れむか、軽蔑するか、そのどちらかのアプローチしからなかった。担任の『無理しなくていい』という言葉も、れみという名の切り捨てに過ぎなかった。
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だが、田貞子だけは違っていた。
俺を「貧しい犠牲者」ではなく、「必にきるために頑張っているの」として真っ向から見つめてくれていたのだ。
サボっているのではない、ただ働いているだけだ――その厳然たる事実を、何の偏見も交えずに言葉にしてくれたが、あの教にたっただけしていた。
ノートの差し入れは、そのも続いた。
俺が頼んだわけではない。頼まなくても、俺が朝の仕込みバイトで目に遅刻したや、倉庫の夜勤けで午を寝過ごして登したには、机の引きしの奥に決まってそのノートが静かに差し入れられていた。
を卒業するまでに、そのノートは計で冊に及んだ。
冊のノートの表のどれにも、田貞子の名は度も記されていなかった。
俺はそのノートのうち、最の冊目だけをどうしても捨てることができなかった。
京し、事業を起こし、度の引っ越しを繰り返すたびに、俺はその古びた学ノートを段ボールの番に切に詰め直してきた。今でも京の自宅の斎の、番の届きやすい本棚の隙に鎮座している。
表の鉛の文字はすっかり掠れてしまっているが、今でも鮮に読むことができる。そして、その裏表の内側には、貞子がき残したもうの言葉があるのだが――それを見つけたのは卒業式ののことであり、俺は、本にその事実を伝えたことはなかった。