"夫が失明してから、私はもう明かりを消せない" 第3話
「今夜は晩、このかりを点けっぱなしにする。鍵も絶対にけない。見えないあなたには、眩しくもないはずだから」
弘は横にならなかった。
ベッドの端に浅く腰掛けたまま、いを浴び続け、形のように固まっていた。
朝。
カーテンの隙から陽が差したのを見届け、私は部をた。
玄関へき、駄箱をける。
扉の裏側に、つ折りのメモ用がマグネットで貼り付けられていた。
乱暴な、殴りきの跡。
『今夜、話がある。逃げるなよ、弘』
記憶の奥で、鍵が嵌まる音がした。
黒田直。
、弘のリハビリ通院を親に伝ってくれていた、あの旧友の字だった。
メモ用を指先でつまみ、つ折りに畳んでコートのポケットに入れた。
黒田直。
、弘が失した直に通っていたリハビリテーションセンターで、ボランティアとして弘の送り迎えを引き受けていた男だ。 気さくな元営業マンと名乗り、にがり込んでは弘の話し相になっていた。
だが、ほど、急に姿を見せなくなった。 弘に尋ねると、「あいつとはし見がわなくなって、もう付きってない」とく返されたきりだった。
付きっていないどころではなかった。 あの男は、鍵を持って夜の寝のまで入り込んでいたのだ。
私は玄関のドアを静かに引き、そのままマンションをた。
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朝のたい空気が、を持った頬を撫でる。 昨夜のいシーリングライトの眩しさと、ベッドの端で固まっていた夫の姿が、網膜の裏に焼き付いてれなかった。
会社に着くと、総務の女性社員に声で相談し、休暇を申請した。 同僚たちには「夫の通院の付き添い」とだけ告げた。
午、駅のカフェの隅の席に座り、弘のリハビリ通院記録の控えをスマートフォンのカメラで確認した。 黒田の携帯話の番号は、当の連絡網に残っていた。
だが、私は黒田には話をかけなかった。
代わりに、自宅の固定話へ発信した。
回ほどの呼びし音の、受話器ががった。
「もしもし、美穂か?」
弘の声はかすれ、ひどく怯えていた。
「弘、今すぐ着替えて。に、駅のファミリーレストランに来て」
「え……? どうしてで……」
「には戻らないわ。あなたが来ないなら、警察にって昨夜のメモを提するだけよ」
受話器の向こうで、息を呑む音が聞こえた。
「くよ。すぐくから……警察には、かないでくれ」
分。
駅のファミリーレストランの自ドアがき、杖をついた弘が現れた。
普段なら、私が肘を支えて誘導していた。 だが今は、入りの員が弘の杖に気づき、私の待つ禁煙席のボックスシートまで案内してくれた。
弘はぎこちないつきで子を引き、向かい側に腰をろした。
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自宅の絨毯ので見せていた、あの堂々とした歩の気配は微もなかった。 器のぶつかる音、子供の泣き声、周囲のざわめきに晒され、夫は怯えた物のように縮こまっていた。
「美穂……いるのか?」
「目のにいるわよ」
たいおのグラスを、テーブルの央に置いた。 氷がカランと音をてる。
弘は両をテーブルのに置き、指先をく絡ませた。
「昨夜のことは、本当に……」
「言い訳を聞くために呼んだんじゃないの」
私はポケットから、あのメモ用を取りした。 つ折りのまま、弘のの甲の横に置く。
もちろん、彼には読めない。
「黒田さんの字ね。『今夜、話がある。逃げるなよ、弘』っていてあるわ」
弘の指先が、ビクリとねた。
彼の顔から、急速に血の気が引いていくのが分かった。 空調の効いた内なのに、額に油のような汗が滲みている。
「黒田さんと、何を企んでるの?」
「企んでなんて……ない」
「実印を探していたわね。あの類って何? 来週が期だって、黒田さんは言ってた」
弘は唇を固く引き結び、俯いた。 その沈黙が、私ののたい確信をさらにめさせた。
「答えなさいよ。答えないなら、今ここで席をって警察署にくわ。夜に法侵入されているって、管理会社にも通報する」
「待ってくれ!」
弘がを乗りした。 そのが空を切り、私のグラスに当たって倒れそうになる。