"夫が失明してから、私はもう明かりを消せない" 第1話
「美穂、今夜はどっち側に寝てる?」
毎晩、寝のかりを消した直に、弘はそう尋ねてくる。
部にはセミダブルのベッドが台並んでいる。 が私で、が弘。、度も変えたことのない配置だった。
「いつもと同じよ。側」
夫が両目のを失ってからになる。
暗ので方向が分からなくなるのだろうと、最初のうちは気にも留めていなかった。 けれど、その確認はヶ、も欠かさず繰り返されていた。
異変に気づいたのは、先週の曜のことだ。
午し、ふと目が覚めた。
隣のベッドで、弘が起きがっていた。
掛け布団を腰まで払い除け、パジャマ姿でベッドの端に浅く腰掛けている。 その顔が、正確に私の枕元へと向けられていた。
弘の瞳には焦点がない。 の病気で神経が萎縮し、暗すら判別できないはずだった。
それなのに、彼は私の顔を見ろしていた。
寝息ではない。 静かで、完全に覚している呼吸だった。
私は掛け布団ので、息を吸い込むのをやめた。
音をてずに、ゆっくりと布団を滑りる。
裸の裏に、ウールカーペットのい毛が沈んだ。 弘が歩きやすいように特注で敷き詰めた防音仕様の絨毯だ。 が体を預けても、擦れの音すらたない。
私はベッドの元を回り込み、歩れたドレッサーのへ移した。
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ベッドサイドに座る弘の首が、ゆっくりいた。
ギチ、と微かに頸椎が鳴る。
私のしいち位置の正面で、夫の顔が正確に止まった。
偶然ではない。
私はさらに、クローゼットのへ歩、音もなく摺りでいた。
夫の顔が、再び滑らかに追従した。
暗ので、見えないはずの双眸が、私の喉元をまっすぐ貫いている。
「……弘」
掠れた声がた。
「何を、見てるの?」
弘の肩が、さくねた。
「美穂……起きてたのか」
元に浮かんだのは、いつもの困ったような、々しい笑みだった。
「音が聞こえたから。急に起きるから驚いたよ」
嘘だった。
の裏をカーペットに押し当てる。 音など、欠片もっていなかった。
「喉が渇いただけ。お、んでくる」
それ以は追及できなかった。
ここで「見えているの?」と聞いてしまえば、積みげてきた何かが決定に壊れる気がした。
翌朝の卓は、いつも通りの静けさだった。
弘はテーブルのの器に迷わずを伸ばし、焼き鮭に箸をつけていた。 器の位置を計の針に見てて覚える事法も、すっかりについている。
「美穂」
湯呑みを置いた弘が、伏し目がちに言った。
「最、し疲れてるんじゃないか?」
「え?」
「夜に急に起きがったり、部の隅にっていたりする。俺の介護で、神経が過敏になってるんだよ。度、療内科で診てもらったほうがいい」
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穏やかで、妻を気遣う夫そのものの調だった。
喉の奥に、ざらりとしたたいものが張り付く。
空気のきで位置が分かったと夫は言った。 けれど、あの首の正確なきは、そんな曖昧なものではなかった。
そのの夜、私は弘のでわざと邪薬の箱をけた。
「がいから、今夜はめに寝るね。すごく眠くなる薬だから、朝まで起きられないかも」
「そうか。かくして寝なよ」
弘が伸ばしたは、私の額を空振りし、肩に触れた。
その器用なのひらが、酷く々しくじられた。
薬はまず、洗面所のゴミ箱に捨てた。
午、かりを消してベッドに入る。 く定の呼吸を繰り返し、眠ったふりを続けた。
午分。
隣のシーツが擦れた。
弘が音もなく体を起こした。
だが、今夜は私のほうを向いていなかった。
彼の顔は、廊へ続く引き戸に向けられている。 夕方に閉め切ったはずの戸が、指本分ほどいていた。
弘が枕元のスマートフォンをに取った。
カチ、と微かなボタン音。
画面が点灯し、青いがパジャマの胸元を照らした。
弘は画面を見つめてはいない。 ただらせた液晶を、いた戸の隙に向けて掲げていた。
図だ。
廊のが、ミシリと沈んだ。
誰かがいる。
私は奥歯をく噛み締めた。
引き戸の隙が、側から音もなく押し広げられる。
センチ、センチ。
廊ののに、細いがっていた。