"彼女は毎日母を世話し、毎週夫と夜を過ごす" 第1話
通帳の記帳欄に並んだ数字を見た瞬、指先から血の気が引いていくのが分かった。
『カジワラリアルテイ 82,000』
見覚えのない引き落とし名義。 毎27。きっかり半から、夫の個座から自で引き落とされ続けている。
夫の健司が脱ぎ散らかしたジャケットのポケットから落ちた、枚のペーパーレス領収の控え。 そこに印字されていた物件の所は、うちからで分ほどの所にある単者向けアパートだった。
契約者名、健司。 入居者名、林奈緒。
……は?
が、すぐにはに入ってこなかった。
林奈緒。 その名を、見違えるはずがない。
うちの母の担当ヘルパー。 週に、パートと介護で擦り切れていた私を獄から救いしてくれた、あの歳の女性だ。
喉の奥が、砂を噛んだようにカラカラに渇いた。 元から気がいがってきて、臓が肋骨の裏側でドクンと嫌な音をてる。
母は介護3の認症だ。 ここで症状は急激にみ、夕方になると「に帰る」と靴も履かずにへびそうとし、夜に何度も起きては排泄の失敗を繰り返す。
私は、歳。 堅の建材メーカーで正社員として働きながら、で母のオムツを替え、着替えさせ、夜の徘徊に付きってきた。
夫の健司は、何もしなかった。 母が汚れた着を抱えて廊にち尽くしていても、ため息をついて寝のドアを閉めるだけ。
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「お袋はおじゃないとダメなんだよ」 「俺がにをすと興奮して暴れるだろ。おがやった方がいって」
そう言って、いつも逃げていた。 母が泣き叫ぶ夜も、栓をして背を向けていた。
そんな限界の活に、半に現れたのが奈緒さんだった。
のヘルパーを頑なに拒絶し、噛みつきすらしていた母が、なぜか奈緒さんにだけは穏やかに微笑んだ。 お呂にも嫌がらずに入り、スプーンからお粥をべた。
「美咲さん、し横になってください。お母様は私がちゃんと見ていますから」
奈緒さんがそう言ってくれた夜、私はぶりに朝まで眠ることができた。 枕を濡らすほど泣いて、このにはどれだけ謝してもりないとっていた。 だから今、事業所の規定とは別に、個にばかりの寸志を包もうと、夫の座の残を確認したのだ。
その夫が。 母のオムツを替えてくれるその女性の、部代を毎払っていた?
胃の底から、黒いものがせりがってくる。 の震えが止まらない。
スマートフォンの画面をタップし、夫のLINEをく。 指先がたくて、文字がうまく打てない。
『今どこ? 話があるから、すぐ帰ってきて』
送信ボタンを押してから、送信取り消しにした。 文章じゃない。 顔を見て、直接確かめなければ呼吸すらできない。
夜。
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玄関のドアが、静かにいた。
鍵が擦れる音。靴を脱ぐ気配。 廊を歩く健司の音は、いつも通り悪びれる様子もない。
「なんだよ美咲、まだ起きてたのか」
リビングに入ってきた健司は、ネクタイを緩めながら私を瞥した。 その首元から、微かにる柔剤の匂い。 うちで使っている無料のものとは違う、柑橘系の、甘酸っぱいり。
私は無言のまま、テーブルのに通帳と領収の控えを滑らせた。
乾いたの音が、静まり返った部に響く。
健司の線が、落ちた。 面をとらえた瞬、夫の眉がピクリとねる。
「……これ、何?」
私の声は、くかすれていた。 鳴る力すら湧かない。ただ、目のの男の顔を凝した。
健司は舌打ちをひとつもしなかった。 青ざめることも、取り乱すこともない。 ただ、緩めていたネクタイにを置いたまま、すうっと目を細めた。
「見たのか」
それだけだった。 謝罪の言葉も、言い訳もない。 まるでコンビニのレシートを見られたかのような、ひどく平板な声。
「半、あの子の賃を払ってたの?」 「……まあな」 「どういう関係なの」 「言わなきゃダメか?」
健司はソファにドスンと腰をろし、井を仰いだ。
「そういう関係だよ。見りゃわかるだろ」
臓のあたりが、ギシギシと音をてて軋む。 の芯が真っになって、界がチカチカと滅した。
「いつから……? うちに来るようになってから? 母さんの介護をしてる、あのと?」