"午前二時、ホテルから部屋を替われと言われた" 第2話
魚レンズの向こうには、誰もいない細い廊が映っていた。
防犯チェーンをし、ゆっくりとドアをけた。
ビジネスホテルの階フロアは、夜特の乾いたカーペットの匂いと、換気扇のい唸りに包まれていた。黄がかった蛍灯が等隔で埋め込まれた廊は、昼よりもずっと狭く、奥きが掴みにくくじられた。
を踏みした瞬、廊の突き当たり、非常階段の鉄扉のにがあるのが見えた。
臓が喉元までせりがった。
私はわずを止めた。そこにっていたのは、男ではなかった。丈のいフリースの部着を着た、柄な女性だった。代くらいに見えるその女性は、私の方を見ているのではなく、非常階段のドアノブを凝していた。まるで、そのノブが勝に回るのを待っているかのように、背を丸め、微だにせずにっていた。
関わってはいけない、と本能が警告した。フロントの「誰にも声をかけるな」という指示がをよぎる。
私は息を殺し、音を消して反対側のエレベーターホールへとで向かった。りボタンを押し、カチリとさな属音が鳴る。インジケーターのランプが「1」からゆっくりとがり始めるのを見つめながら、背にたい汗が伝うのをじていた。
振り返ると、先ほどの女性が、ゆっくりとこちらへ首を向けていた。
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焦点のわない、ひどく疲弊した目だった。彼女は私の姿を認めると、躊躇するように歩を引いたが、エレベーターの到着音が「ピン」と廊に響き渡った瞬、何かに弾かれたようにこちらへ駆け寄ってきた。
私は恐怖のあまり退りしながらエレベーターに乗り込み、狂ったように「閉」ボタンを連打した。
両きのスチール製の扉が、々しく閉まりかける。
そのわずかな隙に、女性のが滑り込んできた。
挟まれそうになりながらも、彼女はドアの隙に顔を寄せ、エレベーターのの私をまっすぐに見つめた。息が荒く、唇が刻みに震えていた。
「元の部には」
女性は、周囲を怯えるように見回しながら、しかしはっきりと私のに届く声で囁いた。
「元の部には、戻らないで」
扉が完全に閉まり、械が昇を始めた。
ガタガタと軋む籠ので、私は壁に背を押し付け、荒い呼吸をえようとした。の先端が氷のようにたくなっていた。あの女は誰なのか。なぜ私の部のことをっているのか。「戻らないで」とはどういうなのか。
エレベーターが階に到着し、扉がいた。
階の廊は、階とまったく同じ壁、まったく同じ照だったが、の気配は完全に途絶えていた。私は指示された号を探し、りでんだ。
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ノブにをかけると、言われた通り鍵はかかっておらず、ラッチが軽くれた。
部に滑り込み、即座にドアを閉めて防犯チェーンを掛け、本締まりのサムターンを回した。
部の構造は〇号と鏡写しのように酷似していた。ただ、の活の残骸が何もない、清掃されたばかりのえ切った空気が漂っている。
私は震えるでデスクのの受話器を取り、「9」を押した。
コール音が度鳴っただけで、すぐに通話がつながった。
「はい、フロントです」
「号に入りました。宮本です。……体、どういうことなんですか。さっき階の廊に女のがいて、元の部に戻るなと言われました。どうして見らぬ客が私のことをっているんですか」
受話器の向こうで、がく息を呑むのが聞こえた。
「廊に……野様がいらっしゃいましたか」
「野? 誰ですか、それは」
「……その件も含めて、今すぐご説に伺います。ただ、そのにつだけ確認させてください」
の声は、先ほどよりもさらに神経質に張り詰めていた。
「宮本様は、今チェックインされてから今までのに、どなたかにお話やメッセージ等で、ご自の部番号をお伝えになりましたでしょうか」
「いいえ。誰にも言っていません。張でで来ているんです。仕事の連絡はメールで済ませていますし、部番号なんて誰に伝える必があるんですか」
話の向こうで、数秒の完全な沈黙が落ちた。