"白紙の退職届を突きつけた夫が、3ヶ月後に「頼むから辞めないでくれ」と叫んだ日" 第9話
ねえ、由美さん。すぐに会社に介護休暇を申請してちょうだい。からの私の着替えや事、誰がてくれるのよ」
息が詰まりそうになった。
罪悪の欠片もない。 、何か都の悪いことが起きるたび、このはこうして「被害者」の子に座り直し、すべての負担を私の肩に滑り込ませてきたのだ。
そこへ、濡れたレインコートを引きずりながら、夫が自ドアを突き破るように駆け込んできた。
髪はで額に張り付き、ネクタイはされている。 には、午フロアでバイヤーから突きつけられたあの茶封筒が、無惨に折れ曲がったまま握られていた。
「おふくろ! 丈夫か!」
夫は義母の子のに膝をついた。 肩をさせ、荒い息を吐きしている。だがその線は、すぐにち尽くす私へとねがった。
憎悪と焦燥が綯い交ぜになった、血った目。
「おい、由美。聞いたぞ。おふくろ、骨折したんだろ」
「ええ。全治ヶ、自宅での介助が必だそうよ」
「……決まりだな」
夫はちがり、私の先に差し指を突きつけた。
「、会社に退職届をせ。今すぐだ。会社を辞めて、介護休業当の申請続きをしろ。それから、お名義の定期預を解約して、当面の活費と会社の運転資に回すぞ」
……は?
喉の奥で、カチリと何かが凍りつく音がした。
「何を言っているの?」
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「聞こえなかったのか! 俺の会社は今、おのせいで窮にたされてるんだよ!」
救急来の待に、夫の号が響き渡った。 受付の護師が眉をひそめてこちらを見るが、夫は世体すら忘れて喚きてている。
「おがあの若造バイヤーに余計なチクリを入れたせいで、ホテルの契約を方に切られたんだ! 違約も請求されてる! これでおふくろの介護まで注してみろ、がいくらあってもりねえんだよ! おがにいろ! タダで働け!」
「タダで働け……?」
わず、乾いた笑いが唇から漏れそうになった。
会社の破綻も、自分の見積もりの甘さも、全部私のせい。 そして危に陥れば、妻の退職と貯を差しさせ、無償の介護員として庭に監禁する。
この男にとって、妻とは何なのだろう。 自尊を保つためのサンドバッグか、都よく使える無料のセーフティネットか。
「断ります」
私は歩も退かなかった。
「会社は辞めません。私の定期預も、円たりともしません」
「お、実の親がこんな目に遭ってるのに、見殺しにする気か!」
「実の親ではありません。義理の母親です」
たく言い放つと、子の義母が息を呑んだ。 信じられないものを見るように、元をわなわなと震わせる。
「由美さん、なんて酷なことを……! 男の嫁でしょう! 今まで誰のにまわせてもらってたとってるの!」
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「こののローンはに完遂していますが、毎の固定資産税も修繕積も、私の与座から支払われていました。まわせてもらっていたのではありません。私が維持していたんです」
私はカバンから名刺入れを取りし、枚のカードを夫の胸元に押し当てた。
「の夜、自宅のリビングで族会議をきます。妹の理恵さんにも来てもらいます」
夫の眉がピクリとねた。
「理恵……? あいつを呼んでどうするんだよ! 関係ねえだろ!」
「関係あります。母さんの実の子供は、あなたと理恵さんのだけです。専を交えて、法に正しい扶養の分担を決めましょう」
私はそれ以、の言葉を聞かなかった。 濡れた傘を握り直し、病院の自ドアを背で押しけた。
夜ののに叩きつけるが、照った頬を容赦なくやしていった。
翌の夜。
リビングの円卓には、苦しい沈黙が淀んでいた。
ソファにはをギプスで固めた義母。 その隣で、夫は腕を組み、嫌を全から発散させながら貧乏ゆすりを繰り返している。
インターホンが鳴った。
玄関から入ってきたのは、夫の歳の妹――佐藤理恵だった。 レインコートを脱ぎ、きっちりと入れされたショートヘアをえながら、慣れた所作でリビングに入ってくる。
には、ビジネス用の黒い革のブリーフケースが握られていた。
域で訪問介護ステーションと居宅介護支援事業所を経営して。