"白紙の退職届を突きつけた夫が、3ヶ月後に「頼むから辞めないでくれ」と叫んだ日" 第7話
夫は線を激しく泳がせ、呼吸を乱している。
「じゃ、じゃあ……俺の会社を今、締めげてるのは誰なんだよ! 毎のように改善勧告を送りつけてきて、違約を請求してくる血野郎は、誰なんだよ!」
「僕ですよ、佐藤社」
フロアの奥から、澄んだ声が響いた。
類バインダーを抱えて歩みてきたのは、代半の若い男――バイヤーだった。 濃紺のスーツを完璧に着こなし、切の私を交えない清潔なビジネスマンの顔をしている。
夫の顔から、サーッと血の毛が引いていった。
「た、……?」
「お久しぶりです。以、納品の懇親会で『酒の注ぎ方もらない若造』と呼んでいただいて以来ですね」
の声には、りも嘲笑もなかった。 それがかえって、絶対な制度のたさを際たせていた。
はバインダーをき、淡々と数字を読みげ始めた。
「佐藤商事様。今期の納品実績報告です。契約始からヶ。箱根、軽井沢、都内拠点のホテルに対するアメニティおよびリネン類の納品遅延、累計件」
「そ、それは燃料代が騰して、トラックが――」
「うち件は、客稼働のピークにリネンが届かず、客百の販売を止せざるを得ないというインシデントに発展しました。さらに、納品されたバスタオルの繊維密度は、契約仕様で取り交わした基準値を割回っています。
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原材料費を削るための無断仕様変更ですね」
「違う! あれは側の違いで――!」
「違いであろうと何であろうと、契約履です」
はバインダーをパチンと閉じた。 その乾いた音が、夫の余命宣告のように響いた。
「本午をもちまして、佐藤商事様に対する『最終改善勧告』の期限が切れました。これより、契約条項第条に基づき、定期納品契約の即解除、および損害賠償請求の続きに移します」
「待ってくれ!」
夫は鳴をげた。 膝から崩れ落ちそうになる体を、かろうじてデスクの端にをついて支える。
「さん、頼む! 昔のよしみじゃないか! 先代の部の代から、うちはもこのホテルを支えてきたんだぞ! しの遅延くらい、は由美が現の支配に頼み込んで、融通してくれたじゃないか! 今回だって、由美が言『目に見てやってくれ』って言えば済む話だろ!?」
夫はいつくばるようにして、再び私を見げた。 その瞳には、今なお信じられないことに、「妻なら夫を助けて当然だ」という傲な甘えが張り付いていた。
周りの同僚たちが、軽蔑の差しで夫を見つめている。 かつて「社夫」として私を見ていた輩たちも、今や目のの男が、ただ妻の労働に寄していただけの無能な抜け殻であることに気づいていた。
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私は歩、ろにがった。 夫のが届かない、確な境界線の向こう側へ。
「健さん」
私は初めて、夫の名を呼んだ。
「あなたが言っていた『昔のよしみ』の正体を、教えてあげる」
夫が息を呑む。
「あなたが、度もペナルティを受けずに済んでいたのは、あなたの会社が優秀だったからじゃない」
喉の奥が震えそうになるのを、奥歯を噛み締めて抑えた。
「あなたが夜遅くまで接待と称してみ歩いている、私がでオフィスに残り、あなたの杜撰な発注を打ち直していたの」
「え……?」
「トラックが捕まらないと泣きついてくるたびに、私が各ホテルのリネンのチーフにをげて、予備の庫を回してもらうよう座同然で頼み込んでいたの」
フロアが、を打ったように静まり返っていた。
「あなたが『俺の営業力とで勝ち取った』と豪語していた契約はね。全部、私が眠を削り、プライドを捨てて、タダで穴埋めし続けていた無償の労働のに成りっていたのよ」
夫の目が、信じられないものを見るように見かれた。
「嘘だ……そんなの、頼んだ覚えは……」
「頼まれていないわよ」
私はたく言い放った。
「私が勝にやったことよ。妻だから。夫の顔にを塗りたくないから。を支えるために、それが私の務めだとい込まされていたから」
胸の奥から、分の澱が、静かな言葉となって吐きされていく。
「でも、あなたは言ったわよね。