"妻は毎晩八時、私を家から追い出す" 第16話
「……、社?」
「林くん……久しぶりだね。ぶりか」 私は努めて穏やかな、かつての経営者の顔を作って歩み寄ろうとした。 だが、林は歩もかず、持っていたスパナを作業台のに静かに置いた。 カツン、と乾いたい属音が響く。
「……何の用ですか」 声には、驚きも、懐かしさもなかった。 ただ、錆びついたトタンを引っ掻くような、ややかな警戒だけがあった。
「突然すまない。君がここでをやっていると聞いてね。……し、当のことを話したくて来たんだ」 「当のこと?」 林はでく笑った。その笑が、私の胸をチクリと刺す。 「以の話を、今更社が俺にしに来る理由なんてありませんよ。誠さんのことなら、何もりません」
「誠さんのことだけじゃない」 私はスーツの内ポケットにを伸ばした。 の封筒。今朝、美智子に突きつけられた類のに、どうしても放せなかった現。 万円の束を取りし、作業台の端、油の染みたウェスのに置いた。
林の線が、そのい封筒に落ちた。 眉つかさない。
「……これは何ですか」 「あの、が急に操業を止めて、君にも急な解雇通告をしてしまった。未払いの料は払ったはずだが……解雇予告当も、分な退職もせなかっただろう。ずっと、気になっていたんだ。利息というわけじゃないが、受け取ってほしい」
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言いながら、自分でも吐き気がするほど々しい台だとった。 ずっと気になっていた? 嘘だ。さっき元帳を見るまで、名すら忘れていたくせに。 私はただ、誰かにでも『さんは悪くなかった』と言ってもらいたかったのだ。 を渡し、をげ、免罪符を買おうとしていた。
林は封筒を瞥したあと、ゆっくりと私を見げた。 その瞳の奥に宿っていたのは、りですらなかった。 底なしの、徹な侮蔑だった。
「さん」 林は『社』と呼ぶのをやめた。 「あんた、本当に何も変わってないんですね」
喉の奥がヒクリとねた。 由紀と、全く同じ言葉。
「あの、誠さんのがプレスに巻き込まれた。俺は現にいました」 林の声はく、淡々としていた。 「血が吹きして、誠さんが叫んで、のブレーカーが落ちた。俺が止血帯を探してり回ってる横で、あんたが事務所からびしてきて、最初に何て言ったか覚えてますか?」
私の記憶の蓋が、無理やりこじけられる。 いせない。いしたくない。
「あんたは誠さんの傷を見もせず、止まったプレスを見て叫んだんですよ。『ラインはどうなる! 今の夕方の納品はどうするんだ!』って」
「それは……パニックになっていて——」
「パニック? 違いますよ。それが、あんたの本音だったんです」 林は作業台に両をつき、を乗りしてきた。
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袋の染みた油の匂いが、腔を突く。
「その、は操業止。俺たち臨は、翌週の曜に全員集められて、藤原主任から茶封筒個渡されて『から来なくていい』と言われた。文句を言おうと事務所にったら、あんたは奥の部に閉じこもって、度も顔をさなかった」
林の目が、私の胸元を射抜くように細められた。
「さんのはかなくなった。それは誰の目にもらかな『劇』でしたよ。親族も駆けつけた、会社も示談の話をした。……でもね、さん。あの事故ので、突然放りされた俺たちのがどうなったか、あんた度でも像したことがありますか?」
「林くん、私はあの、会社の倒産処理で——」
「俺はそのの、結婚する予定だったんですよ」
林の淡々とした言が、私の弁解を完全に圧殺した。
「式の付も払って、アパートの契約もんでた。でも、突然の解雇で無職になって、職歴に『倒産の臨』という傷がついて、半次の仕事が見つからなかった。賃も払えなくなって、相の親御さんから『あんな無責任な男には娘をやれない』って言われて……婚約は破棄になりました」
作業のを、型トラックが轟音をてて通り過ぎていく。 トタン根がビリビリと震えた。
「俺はあんたをんで、毎晩あの潰れたのまできましたよ。
をつけてやろうかとった。でも、あんたの自宅はすでに差し押さえられてて、誰もいなかった。