"妻は毎晩八時、私を家から追い出す" 第5話
「……くそっ」
私は腕で目を覆った。 なぜ今更だ。 すべては終わったはずだ。は潰れ、私はすべてを失った。誠の治療費だって、の残余財産からできる限りのことはしたはずだ。 効だ。法律にも、義にも、もうとっくに清算は済んでいる。 なぜあの女は、今になって私の庭を壊しに来るのか。
眠れぬまま迎えた曜の朝、寝からてきた美智子は、化粧崩れつない無表でパートの制にを包んでいた。 朝のトーストも、淹れたてのコーヒーも、テーブルのには用されていなかった。
「……美智子」 呼び止めたが、彼女は玄関でパンプスを履き、こちらを瞥もしないままドアをけた。
「ってきます」 「おい、今夜のはどうするんだ。また俺にてけって言うのか?」
焦りからたみっともない問いかけに、美智子はドアノブを握ったまま、背越しに言った。
「あなたが決めることじゃないわ」
たい朝の空気が流れ込み、ドアが閉まった。 私は誰もいないダイニングで、拳を握りしめた。 このままでは終われない。 美智子にこれ以余計なことを吹き込まれるに、元の栓を閉めなければならない。
私はスーツのポケットからスマートフォンを取りし、アドレス帳の奥底に眠っていた番号をスクロールした。 退職してから数、度も押したことのない番号。
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『藤原健』
コール音が、回、回と鳴り響く。 頼むからてくれと祈る私の指先を、たい汗が濡らしていた。
回目のコールで、嫌そうない声が受話器から漏れた。
『……もしもし。誰だ、朝っぱらから』
「藤原さんか。だ」
瞬の沈黙があった。受話器の向こうで、ライターの着音がシュポッと鳴る。 『……社? へえ、珍しいな。ぶりくらいか。何の用です? うちの暮らしに、あんたから連絡が来るような用事なんてないはずだが』
藤原の声は、昔現で鳴り散らしていた頃よりも掠れて、老のそれになっていた。 だが、あの特の棘を含んだ物言いはしも変わっていない。
駅の喫茶の隅の席で、私は周囲を気にしながら声を落とした。 「単刀直入に言う。……昨、誠の嫁がうちに来た」
受話器の向こうの煙を吐きす気配が、ピタリと止まった。
『由紀さんが? へえ……ついに乗り込んできたか』 「ついに、だと? お、ってたのか!」 『ってたも何も、あんたの奥さんから週に話があったよ』
を鈍器で殴られたような衝撃だった。 「美智子から……?」
『ああ。当のの帳簿と、労災の処理について聞きたいってな。俺は適当にはぐらかして切ったがね。まさか、由紀さんと裏で繋がってるとはわなかったが』 「藤原さん、お、美智子に何を話したんだ!?」
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『何も話してねえよ!』
藤原が鳴り返した。受話器のスピーカーが割れる。
『俺が何を話すってんだ? あんたが械の故障をりながらかせって命令したことか? それとも、誠さんに「を潰さないために示談で済ませてくれ」って泣きついて、分割払いのにハンコ押させた、を計画倒産させて支払いを踏み倒したことか? どっちを話せばよかったんだ、ええ!?』
「声がきい! 馬鹿野郎、計画倒産なんてしてない! あれは本当に資がショートしたんだ!」 『どっちでも同じだろ!』
荒い息遣いが受話器から伝わってくる。 私の額から、タラリとたい汗が滑り落ちた。
「……藤原さん、頼む。落ち着いてくれ。昔のことは、もう終わったことじゃないか。効なんだよ。法には何の請求権もない」 『あんたにとっては終わったことだろうよ。綺麗なスーツ着て、サラリーマンやって、退職とで逃げ切る算段がついてるあんたにはな』 「おだって、あの示談を取りまとめた張本だろう! 共犯じゃないか!」
言ってしまってから、血の気が引いた。 番言ってはならない言葉だった。
受話器の向こうで、藤原がく笑い始めた。 乾いた、底えのする笑い声だった。
『……共犯、ねえ。そうだな。俺もあのは、自分のクビが惜しくてあんたの舟に乗っちまった。その罰は分受けたよ。
が潰れた、俺の履歴にどんな傷がついたか、あんたってるか? まともなの再就職なんてどこも受かりゃしねえ。