"妻は毎晩八時、私を家から追い出す" 第2話
「……なんだよ、それ。誰からのだ」 「仕事の類。あなたには関係ないわ」 「スーパーの事務で、そんな個宛ての封筒があるわけないだろう。美智子、お最おかしいぞ。隠し事をしてるんじゃないか」 「おかしいのは、どっちかしらね」
美智子はたく言い捨て、寝へ鍵をかけて閉じこもってしまった。 胸の奥で、嫌なざわめきが急速に膨らんでいく。 仕事の類ではない。あの文字の癖、どこかで見た覚えがある。 だが、それがいつ、どこで見たものなのか、記憶の糸がどうしても繋がらなかった。
曜。 会社での仕事も、パソコンのモニターに映る部品の図面がに入ってこなかった。 スマートフォンの通が鳴るたび、臓がねがる。 昼過ぎ、美智子からいメッセージが届いた。
『今の夜、し遅くなるかもしれないから、分にてって』
冗談じゃない。 なぜ私が、のスケジュールにわせるようにを微調されなければならないのか。 りと屈辱で指先が震えた。 返信は打たなかった。画面を伏せ、く息を吐きす。
これ以、言われるがままにをるわけにはいかない。 もし男がいるなら、現を押さえてやる。 もし銭のトラブルに巻き込まれているなら、夫として介入しなければならない。 そう自分に都のいい義名分を言い聞かせた。
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そして、曜を迎えた。
休の夜、を回った頃から、美智子は落ち着きを失っていた。 何度も洗面所の鏡を見にき、リビングのクッションの位置を直し、玄関の掃除を始めた。 誰かを招き入れるための準備。それは誰の目にもらかだった。
分。 美智子がダイニングの子に私のジャケットを置いた。 「……そろそろよ」 「ああ、わかった」
私は努めて平静を装い、ジャケットを羽織った。 財布を持ち、玄関で革靴を履く。 背で、美智子がさく息を漏らすのが聞こえた。堵の吐息だった。 ガチャリと鍵を閉める乾いた音が、夜の空気に響く。
私は扉をて、わざと音を響かせながら角を曲がった。 そこから裏のへ回り込み、自宅のリビングの窓が見える柱のにを潜めた。 たい夜が頬を撫でる。 吐く息がく濁っては消えていく。
分。 宅の坂を、の柄ながってきた。 灯のを通り過ぎたその物は、暗いのロングコートを着て、両で擦り切れた布のトートバッグを胸元に抱きしめていた。 男ではない。女だ。 齢はだろうか。猫背で、歩く速度がひどく遅い。 その女は、迷うことなく私ののをくぐり、インターホンを押すことなく、そっと玄関のドアノブにをかけた。
鍵は、いていた。
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吸い込まれるようにのへ入っていく女の背を見つめながら、私は息を呑んだ。 りいか? 美智子の実のではない。妹でもない。 では、誰だ。
計の針は、分を回ろうとしていた。 私のは、吸い寄せられるように自宅の玄関へと向かっていた。
玄関のドアノブにをかける。 音をてないよう、慎に回した。 予通り、鍵はかかっていない。隙から、の効いた内のかい空気が流れてくる。
に、見慣れない靴があった。 底のすり減った、物の黒いショートブーツ。 に濡れたような、そしてどこかツンとした湿布の匂いが微かに漂っている。
靴を脱ぎ、靴のまま無音で廊をんだ。 臓の鼓がの奥で激しく打ち鳴らされ、自分の呼吸音すら邪魔にえる。 リビングの引き戸は、わずかに寸ほどいていた。 から、漏れ聞こえてくる声。
「……だから、奥さん。もうこれ以、あなたを巻き込みたくないんです」
掠れた、湿り気のある女の声だった。 どこかで聞いたことがある。記憶の奥底、押し入れの奥にしまい込んで埃をかぶった段ボールをけたときのような、嫌な苦しさが喉元までいがってきた。
「いいえ。私がっておかなきゃいけないことなんです」 妻の声だ。いつもパートから帰ってきたときの疲れた声ではない。
刃物のように研ぎ澄まされた、い声。 「あのは、昔からそうでした。都の悪いことは全部誰かのせいにして、自分は運が悪かった、騙されたって……そう言って逃げてきた。