"「母を助けないで」腎臓提供の前日、十五歳の甥は私に縋った" 第5話
「で? これ、本当に真理がいたのね」
私はテーブルの央に、枚の便箋を滑らせた。 さっき直が内ポケットから無造作に引っ張りしてきた、くしゃくしゃの切れだ。 子供の学習帳を破いたような粗末なに、真理の震える跡で、青いボールペンの文字が並んでいた。
『拓の受け入れに関する覚・追伸 直さんへ。 術が終わって私が社会復帰するまでの、拓をそちらの居に移してください。 活費として、私の傷病当から万円を振り込みます。 もし、直さんの側で監護が継続できなくなった、実の姉(由紀)に連絡してください。 姉は子供もおらず、実の持ちにで暮らしています。 私の腎臓のドナーになってくれるほどのいですから、拓のきがなくなれば、必ず引き取って面倒を見ます。 その際、直さんから姉に『真理が病気で育てられない』と伝えてください。 姉なら、絶対に断れません』
文字を追うごとに、奥歯の噛み締めがくなる。 の端を握る指先が、く鬱血していくのが分かった。
「のい」? 「絶対に断れません」?
……は? 全部、計算だったのか。
私が妹をれんで、自分の体にメスを入れようとしたその善を。 真理は、自分のの邪魔になった息子を処分するための「全網」として、最初から組み込んでいた。
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「どうよ、由紀さん」 直はえたアメリカンコーヒーをすすり、品に元を歪めた。 「真理の奴、いいだろ? 俺に押し付けて、俺が音をげたら、自にあんたのところにガキが転がり込む。あんたの実、庭付きの軒だもんな。俺みたいな無職のアパートより、よっぽどガキにとっても幸せってもんだ」
「あなた、これを承で引き受けるつもりだったの」
「まさか」 直は即座にで笑った。 「俺がなんで、顔も見てねえガキの飯の面倒を見なきゃならねえんだよ。真理には適当に話をわせて、付代わりに万振り込ませただけさ。術が終わったって連絡が来たら、着信拒否して逃げるつもりだったよ」
平然と言い放つ元夫の顔に、言葉を失った。 りすら湧かない。 ただ、ゴミを素で掴まされたような、耐え難い理嫌悪が胃の底からせりがってくる。
真理も、この男も。 自分たちの都しかにない。 そののでもがき、母親の透析数値をノートに記録し続けていた拓の姿が脳裏をよぎり、胸が締め付けられるように痛んだ。
「その、もらっていくわよ」 私が便箋をバッグにしまおうとすると、直が素くをしてきた。
「おいおい、タダってわけにはいかねえよ。ネタを提供したんだからさ」
私は財布から万円札を枚抜き取り、直の指先に叩きつけるように置いた。
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「度と、私にも拓にも関わらないで」
「はいよ。毎度あり」 直はニヤニヤしながら札をポケットにねじ込み、伝票も持たずにちがった。 背を丸めて歩きる男のを見送りながら、私はく、たい息を吐きした。
病院に戻るに、向かわなければならない所があった。
駅からバスで分。 真理と拓が暮らす、築の公団宅。 煤けたコンクリートの壁が連なる団は、昼がりだというのに異様な静けさに包まれていた。
真理から以、「万が、私がで倒れていたら救急を呼んで」と預かっていた鍵がある。 キーホルダーの具をし、鍵穴に差し込んだ。
ガチャリ、とい属音が響く。
扉をけた瞬、独特の匂いがを突いた。 薬用鹸の刺激臭、古びた畳の埃、そして、微かに混ざる鉄のような臭い匂い。 血液透析をく受けている患者の庭に特の、あの空気だった。
玄関には、踵の擦り減った拓の通学靴がだけ、綺麗に揃えて置かれていた。
「……拓?」
声をかけたが、返事はない。 暗い廊を抜け、リビングの引き戸をけた。
目にび込んできた景に、息を呑んだ。
畳のリビング兼ダイニング。 そこには、歳のがで暮らすには、あまりにも異常な「現実」が張り巡らされていた。
壁面、そして蔵庫の扉。
隙なく貼られた無数の付箋とマグネット。 そこにかれていたのは、全て拓の文字だった。