"娘を押し付けた夫、九年目の誤算" 第9話
夫が帰宅したのは、夜のを回った頃だった。
「あー疲れた。飯にしてくれ」
夫はスーツの着を子の背もたれに乱暴に引っ掛け、卓についた。
私は温め直した焼き魚と噌汁を並べた。息子は階の自にがっており、莉子はちょうど呂に入っているだった。
「曜まで棚卸しのお仕事、変でしたね」
「俺だって好きでやってるわけじゃないんだよ。分稼ぐために、曜もをにして働いてるんだ。……おは昼、パートで適当ににいられるんだから気楽でいいよな」
夫は焼き魚の骨を箸で器用に皿の端へと寄せながら、侮蔑の混じった調で言った。
「そうね」
私はく答え、夫がべ終えた茶碗をげた。
、夫は呂へと向かった。
その夜、信じられないことに、夫はスマートフォンを浴へ持ち込まなかったのだ。
卓の端、いつもの位置に、あろうことか画面をに向けたまま置きりにされていた。
画面を伏せるという、先から徹底していたはずの警戒を、その夜に限って怠ったのだ。
莉子が呂からがってきた、夫は脱所へ向かいながら「がったか」とだけ声をかけ、卓のスマートフォンを取りに戻ることはしなかった。実にヶぶりの油断だった。
私は無言で台所用の布巾をに取り、卓の目を拭き始めた。
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そのだった。
チリリン、とい子音が鳴り、卓のスマートフォンが青く発した。
画面の央に、ポップアップの通がつ浮かびがった。
そして息をつくもなく、つ目の通がそのになった。
私は布巾をかすを止めた。
端末に直接触れるつもりは毛なかった。触れずとも、る液晶画面に浮かびがった文字は、恐ろしいほど鮮に私の界にび込んできた。
『今度こそ、緒になれるよね』
そして、その真に表示された通目のメッセージ。
『子供たちはゆきさんに任せればいいじゃん』
送信者の名の欄には、カタカナ文字が刻まれていた。
『マキ』
浴の奥から、ジャバジャバと勢いよくシャワーのお湯が流れる音が響いていた。
私は指先本触れることなく、その画面のを見つめ続けた。
呼吸が止まり、全の血液がえ切っていくのをじた。
の。私のを根底から打ち砕いたあの女性と、まったく同じ名だった。
記憶は、のへと気に逆流する。
当、私は歳。は歳で、公平は歳。子育てに追われながらも、ささやかな幸せを信じて疑わなかった頃のことだ。
ある平の午、固定話の受話器を取った私のに、聞いたことのない若い女性の澄んだ声がび込んできた。
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『瀬秀さんの奥様でいらっしゃいますか? 私、野島マキと申します』
その女性は、夫の会社で働いていた派遣社員だった。夫と半にわたって親密な関係を続けていると、淡々と告げた。
そして、氷のように徹な声で、こう言い放ったのだ。
『私、今、妊娠しています。ヶ目です。秀さんの子供です』
受話器を握りしめたまま、私の膝から力が抜け、台所のに崩れ落ちた。元では、まだ歳だった公平が、そうに私のスカートの裾をぎゅっと握りしめていた。
話の向こうの野島マキという女性は、泣き乱れることもなければ、私に対して悪態をつくこともなかった。まるで役所の窓で淡々と事務連絡を伝えるかのように、妊娠の週数とこれまでの経緯を正確な数字で伝えてきた。
その、私は直した。この女は、私に謝罪する気もなければ、夫を本気で奪い取る気すらないのだと。ただ、自分ので確定したかぬ既成事実を、妻である私に突きつけておきたかっただけなのだ。
その夜、帰宅した夫のに正座し、私は震える声で問い詰めた。
「あなた、誰と会っているの?」
夫は言い逃れができないと悟るや否や、卓のに両をつき、子供のように声をげて激しく号泣した。
「もう度と会わない! 頼むから、息子たちの父親でいさせてくれ!」
夫は私の元に額を擦り付け、必に許しを請うた。
「相の女には、子供を堕ろすように全力で説得する! 母さんには……母さんには絶対に子供のことは言わないでくれ! 臓の悪い母さんがショックで壊れてしまう!」