"深夜1時、母は開けるなと言った" 第13話
「……けないと」 母はを見つめたまま、乾いた唇を震わせた。
「けないと、るのよ。あのは、で待たされるのが番嫌いなの……。遅れると、靴箱を蹴っばして、のお皿を割るのよ……」
母の目は焦点がっていなかった。 見ているのは佐伯玲子ではない。にんだはずの、あるいはもっと昔、こので絶対な権力を振るっていた父の姿だった。暴力に支配され続けたが、母の精神の奥底に消えない溝を刻み込み、恐怖をじるたびにその溝へと識が滑り落ちていくのだ。
私はポケットのにを突っ込んだ。 指先が、父の庫から抜き取ってきた便箋と、あの緑の鳥のメモ用に触れる。
『お父さんへ。このからまた、気の悪いが届きました。私には関係のないことですし、ご所や庭に響がると困ります。お父さんのほうで、度とうちにこんなものが届かないよう、適切に処分してください』
その文字をいすたび、私の胸の奥で煮えたぎるようなりと、底なしの脱力が渦を巻いた。 母はれな被害者だった。父の声に怯え、暴力に縮こまってきてきたのは事実だろう。 だが、その怯えの果てに母が選んだのは、自分よりもさらに無力なの女性を、暴力の餌として差しすことだった。
「部に戻って」
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私は努めて抑揚を排した声で言った。
「母さん。靴を履いて、布団に入って。今夜は誰も入らせない」
母は々しく頷き、壁にをついてちがると、を引きずるようにして奥のへと消えていった。
私は玄関のにち尽くし、え切ったドアの鋼板を見つめた。 からは、何の音も聞こえなかった。はいつのにかりになり、樋を伝って落ちる滴のリズムだけが、気なカウントダウンのように続いていた。
翌朝、私は母に言も告げずにをた。
松戸駅の政士事務所へ向かい、事に相談していた類の作成を完させた。 父の遺品のに残されていた佐伯玲子の履歴、健康診断の個記録の写し、そして父が私に控えていた従業員の調査類。それらを厳封し、政士の名義を添えて、内容証郵便の指定で玲子の現所宛てに発送続きを取った。
『限会社タカハシ・エステート元代表・昭男の遺品より発見された貴殿の私記録物の切を返還いたします。なお、本件に関する今の連絡及び請求は、すべて受任者宛てに面にてわれるものとし、親族居宅への直接の訪問、話、そのの接触は切これを拒絶します』
淡で、法な距を突きつけるための事務な文章。 郵便局の窓で受領証を受け取ったで、私は松戸警察署の活全課へ向かった。
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対応にたのは、昨と同じ代の男性警部補だった。 私は、昨夜母がアパートののベンチでに打たれながら脅迫されていた事実、夜の訪問が繰り返されている事実、そして今朝発送した返還通の控えをすべて提した。
「さん、相の気持ちも分からないではないですがね」 警部補は類をめくりながら、眉にい皺を刻んだ。
「これはらかに、ストーカー規制法における『つきまとい等』の反復継続に該当します。特に夜のに押し寄せてドアを叩く為は、を覚えさせる為として完全に限度を超えています」 「もし今夜、また来たらどうすればいいですか」 「躊躇わずに110番してください。活全課から管轄の交番と域課に配を回しておきますから、最優先でパトカーを急させます。絶対に、お母さんにもあなたにも、ドアをけさせないでください。いいですね」
警察署をると、空は青く澄み渡っていたが、空気は真のように張り詰めていた。 はずはすべてえた。 物理な防犯錠、法な通、そして警察による実力使の約束。 現代社会において、個がを守るために取り得る続きは、すべて尽くしたはずだった。
だが、私の胃の腑にあるい鉛の塊は、しも軽くならなかった。
夕方、スーパーで簡単な惣菜を買い、実へ戻った。
リビングの引き戸をけると、母はこたつに入り、テレビの音を消したまま、画面のだけをぼんやりと見つめていた。