"深夜1時、母は開けるなと言った" 第10話
パトカーを急させます」と力く言ってくれた。
堀は埋めたはずだった。 あとは、階の納戸に眠っている父の会社のダンボール箱を調べ、佐伯玲子の類を見つけすだけだ。
だが、問題はではなく、内側にあった。
そのの夕方、たいがり始めた。 の終わりのはみぞれ交じりで、面を鈍に濡らし、骨の髄までえるような湿気を運んできた。
私は階の納戸で、埃まみれの類ケースをつずつけて確認していた。 タカハシ・エステートの領収綴り、賃貸借契約の控え、古い登記簿謄本……父の残した雑然としたの束は、どれもカビと煙のヤニの匂いが染み付いていた。 作業を始めてが過ぎた頃、階から微かに引き戸の閉音が聞こえた。
計を見ると、午半を回っていた。 私は軍をし、埃を払って階段をりた。
「母さん?」
台所にも、居にも母の姿はなかった。 玄関へくと、母の普段履きのスニーカーが消えていた。傘てからは、昨母が丁寧に拭いて階へ戻したはずの、あのワインレッドの折りたたみ傘がなくなっていた。
嫌な胸騒ぎがした。 テーブルのを見ると、チラシの裏に乱れた文字で殴りきされたメモが置かれていた。
『みりんとお醤油が切れたので、のスーパーまで買ってきます。
広告
すぐ戻ります』
所のスーパーなら、歩いて往復分もかからない。 だが、計の針はすでに分を指そうとしていた。ていってから、なくとも以が経過している。
スマートフォンのGPS能など、母の古いガラケーにはついていない。話をかけても、居の話台ので、母の携帯が虚しく着信音を鳴らし続けるだけだった。携帯話を置いていっている。
「……まさか」
背筋に、氷柱を突き刺されたような悪寒がった。 私は昨夜、佐伯玲子が持っていた帳の端に、松戸駅の古い造アパートの所がりきされていたのをいしていた。ファミレスの席で、彼女が帳をいた瞬に、私の目にび込んできた記憶の残像。
『松戸根本 コーポ向 201』
駅の、線沿いのにある、築を超える造階建ての賃貸アパートだ。 私はダウンジャケットを引っ掴み、傘も差さずにのままをびした。
は砂りだった。 粒が容赦なく顔を打ち、界を奪う。私は駅へ向かう坂を、滑りそうになりながら駆けりた。息が切れ、喉の奥が鉄ので満たされる。
なぜだ。どうしてく必がある。 弁護士を介して面でやると約束したはずだ。警察にも相談したはずだ。 これ以、直接関わるなと、あれほどを押したはずなのに。
広告
駅から分ほど歩いた線沿いの暗がり、灯の届かないの奥に、「コーポ向」は建っていた。 トタンの壁が剥がれ落ち、階段の鉄骨は赤錆に覆われている。階のゴミ集積には、カラス除けのネットから溢れたゴミの袋が、たいに打たれて異臭を放っていた。
そのゴミ集積のすぐ脇。除けのトタン根が途切れた、吹き曝しの製ベンチに、があった。
灯の暗いが、濡れそぼったワインレッドの傘を照らししていた。 だが、傘はかれていなかった。で汚れたアスファルトのに、無造作に転がっていた。
ベンチのに、母が座っていた。
びしょ濡れだった。のコートはを吸って鉛のようにく垂れがり、髪交じりの髪が顔に張り付いていた。母は傘を差すことすら忘れ、両で何かを胸に抱きしめるようにして、ガタガタと全を激しく痙攣させていた。
「……母さん!」
私がたまりをねげて駆け寄ると、母は焦点の定まらない濁った目で、ゆっくりと顔をげた。 唇は青に変し、肌はのようにえ切っていた。
「千……? どうして……ここに……」 「何やってるの!? こんなところで、何してるのよ!」
私が母の濡れた肩を掴んで引き起こそうとすると、母の膝のから、くしゃくしゃになった数枚のが落ちた。
原稿用だった。 でインクが滲み、文字が黒い染みとなって崩れ落ちていたが、それは母の跡だった。