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"深夜1時、母は開けるなと言った" 第8話

私はコートを脱がないまま、ダイニングテーブルの向かい側の子を引いた。 ぎぎ、と子の脚がフローリングを擦るい音がしても、母のまつ毛つ揺れなかった。

私はポケットから、つ折りにしたナプキンを取りした。 ファミレスのナプキン特の、カサカサとした乾いた音が静寂を乱す。それを母の元、リンゴの皮が落ちるすぐ脇に滑り込ませた。

「佐伯玲子さんに会ってきたよ」

母のが、ピタリと止まった。 ナイフの刃がリンゴの芯のくでい込み、微かな果汁が母の親指の腹を伝って垂れた。

「松戸駅のガストにいた。……母さん、あのにお茶を淹れて、ケーキをしたんだってね」

母は呼吸を止めていた。肩が刻みに波打ち、いカーディガンの背が丸まっていく。 数秒の沈黙の、母はナイフを持ったをゆっくりとろした。まな板のに置かれた刃先が、カチリと音をてる。

「……何を、聞いたの」 掠れきった、湿り気のない声だった。

「全部だよ。お父さんが、自分の会社の事務員だったあのの部に、鍵を使って勝に入り込んでいたこと。嫌がらせを続けて、会社を辞めさせたこと。……それから、あのが母さんに助けを求めるをしたのに、母さんが完全に無したこと」

母はゆっくりと両で顔を覆った。

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指の隙から、ゼーゼーという喘鳴のような息が漏れる。

「……あのは、嘘をついているわ」 「嘘? 当の警察の相談記録の控えも、お父さんのメモも全部見せてもらった。お父さんの跡だったよ。あの角張った、独特の字。母さんだって見違えるはずないでしょう」

「嘘よ……嘘に決まってる……!」 母は顔を覆ったまま、突然激しく首を横に振った。その拍子に、髪の混じった乱れた髪が額に張り付く。

「あのは昔から、お父さんを誘惑しようとしていたのよ! 婚してに困っていたから、お父さんの優しさに付け込んで……! 部に入ったのだって、設備の点検だって言ってたわ! お父さんは悪くない、悪いのはあの女よ! うちからを巻きげようとして、昔からずっと、ずっと……!」

「母さん」 私のややかな声が、母の取り乱した叫びを遮った。

「お父さんが、に理由もなく優しくするようなじゃなかったことくらい、私が番よくってる」

母の言葉が喉に詰まった。 父がどんなだったか。鳴り散らし、気に入らないことがあれば平打ちをばし、母を政婦のように扱い、娘である私のや交友関係まで力づくで支配しようとした男だ。そんな男が、困窮した部の女性の部に「親切で」繁く通うはずがない。

「母さん、仏壇のにこう」 私はちがり、母の痩せた肩にを置いた。

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母の体は凍りついたように直し、異様な脂汗の匂いが漂っていた。

「ここじゃなくて、お父さんので話して。母さんが隠していることを」

母は抵抗する力も残っていないようだった。引きずられるようにしてちがり、私に腕を引かれて暗い仏へとを踏み入れた。

仏壇の箔は経の線の煙でくすみ、央に飾られた父の遺は、と変わらない徹な差しで部を見ろしていた。青い蛍灯のので、遺の黒い額縁だけが異様に浮きがっている。

母は畳のに正座すると、両を膝ので固く握りしめ、ボロボロと粒の涙をこぼし始めた。

「……怖かったのよ」 母のから漏れたのは、懺悔ではなく、自己保の言い訳だった。

「お父さんが、怖かったの。あのが会社で何をしているかなんて、私がを挟めるわけがなかった。あのがポストに入っていた、お父さんに恐る恐る聞いたのよ。『佐伯さんという方が、こんなことを言っているけれど』って。そうしたら……お父さん、皿を投げつけて、私のを壁に叩きつけたわ。『余計な詮索をするな、を追いすぞ』って……!」

母は額を畳に擦りつけるようにして泣き伏した。 その姿はあまりにもさく、惨めで、れだった。

「千、あんたはまだ学をたばかりだった。学費もかかっていたし、就職したばかりで定だった。

ここで庭が壊れたら、あんたの将来はどうなるの? 世様に顔向けできないようなスキャンダルを起こされたら、あんたが結婚もできなくなる……! 私は、あんたを守りたかったのよ! このを守るためには、黙っているしかなかったの!」

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