"深夜1時、母は開けるなと言った" 第7話
「お母様は警察を呼ぶどころか、私に返事つ寄こさなかった。そして、私が会社を追われ、逃げるようにこのをてかざるを得なくなるまで、完璧に沈黙を守り通したわ。自分の庭の体面を守るためにね。……あのは、お父様の共犯者なのよ」
「違う……母は、そんなじゃ……」 「そうかしら」
佐伯玲子は元を歪めた。
「私はね、あなたにおを求しに来たんじゃないの。あの男がんで、ようやく脅える理由がなくなったから戻ってきたのよ。お母様に、自分が、何をして、何をしなかったのか、そのから認めて謝罪してほしいだけ。それから、お父様が会社から持ちって自宅に隠している、当の私の私物と個報の類を返してほしいだけよ」
「類……?」
「ええ。お父様は私の履歴や民票の写し、私なをファイルにして元に残していたの。それを盾に、退職も私を脅し続けていた。そのファイルが、あののどこかにあるはずなのよ」
佐伯玲子は静かに鞄を抱え直すと、伝票をに取ってちがった。 そして、呆然と座り込む私の元に、凍りつくようない声で言い残した。
「千さん。お母様は、あなたには何も話していないでしょう?」
私は顔をげることができなかった。
「今の午、私が伺った、お母様は私に級なお茶を淹れて、ケーキまでしてくださったわ。
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そしてね、泣きながら私のを取ってこう言ったの。『千にだけは言わないでくれ。あの子にられるくらいなら、あなたが言う通りの謝罪文でも何でもくから』って」
玲子の靴音が、ガストのを静かに踏みしめてっていく。
「あなたがいなくなるとね、あのは私が何を求しても、何でも頷くのよ。……あのは、私を恐れているんじゃない。あなたに自分の正体をられることを、ぬほど恐れているのよ」
自ドアのチャイムがくで鳴り、女の気配は完全に消えた。
私はどれくらいの、その席に座り込んでいただろうか。 テーブルのに置かれた伝票の数字も、周囲の客の笑い声も、何もに入ってこなかった。 の奥で、母の甲い鳴と、玲子のたい告発が、螺旋のように絡みって鳴り響いていた。
をると、夜の気が容赦なく肌を刺した。 駅のロータリーを抜け、灯がまばらな宅の坂を、私はい取りで歩いた。
実のに辿り着いた、はまるで廃のように暗かった。 だが、階のキッチンの窓からだけ、ぼんやりとしたかりが漏れていた。
私はしく付け替えたばかりの、いディンプルキーを回して玄関をけた。 玄関ホールには、靴を脱ぐ音さえ吸い込まれるような、異様な静けさが満ちていた。
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廊を抜け、リビングの引き戸をそっとけた。
母は、暗いダイニングテーブルのに、で座っていた。 部の主照は消され、元のスタンドライトだけが、母の元をく照らししている。
母は、さな果物ナイフを握り、無言でリンゴの皮を剥いていた。
シュルシュルと、途切れることなく剥き落とされる赤い皮が、い皿のに螺旋を描いて溜まっていく。 私が部に入ってきたことにも気づかないのか、あるいは気づいていて無しているのか、母の線は元の刃先だけに注がれていた。
その横顔には、昼の取り乱した様子は微もなかった。 まるで、何も起きていないかのように。 誰、このにを踏み入れてなどいないかのように。
たい刃物が、静寂のでリンゴの果肉を削り落とす乾いた音だけが、部のに響いていた。
私は引き戸の取っを握ったまま、歩もへ踏み込むことができなかった。 目のにいる老女が、私のっている「優しい母」なのか、それとも見らぬ誰かなのか、もう分からなくなっていた。
リンゴを削る刃先の音が、やけに々しく部に響いていた。
母は私の音に気づいているはずだった。だが、顔をげようとはしない。線を細い果物ナイフのの点に固定し、ただ械に、械油の切れた形のように指先をかし続けていた。
皿のには、すでに赤黒く変し始めた皮のと、歪な形に削られたつの果肉が転がっていた。