"深夜1時、母は開けるなと言った" 第4話
のに着いたのは、午分頃だった。 のはとっくに暮れ、の周囲は濃いのに包まれていた。階のリビングの窓から、のかりが漏れている。
私はバッグからしいディンプルキーを取りし、玄関ドアのの鍵穴に差し込んだ。 カチリ、カチリと、属が噛みう気よい音がして、つの鍵が解錠された。 ドアには傷つなく、こじけられた形跡など微もなかった。
「ただいま」
玄関をけてにを踏み入れた瞬、微かな違が腔を突いた。
匂いが違う。 いつもの線の匂いや、夕飯の噌汁の汁の匂いではなかった。 微かに甘く、な料の匂い——っぽいピーチティーのような、あるいはドラッグストアで売られているような化粧の匂いが、玄関ホールのたい空気に混ざり込んでいた。
には、母の履き古した革靴が、揃えて置いてあるだけだった。見らぬ靴はない。
「母さん?」
私が靴を脱いで廊にがると、台所の方から母がてきた。 い割烹着を着ていたが、その表を見た瞬、私のが止まった。
母は笑っていた。 だが、その笑顔は顔の筋肉を無理やり引き攣らせて作ったような、自然極まりないものだった。線が定まらず、私の胸元あたりを泳いでいる。
「おかえり、千。
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かったのね」 「うん……なんか、甘い匂いがしない? 誰か来てたの?」
母の喉仏が、ごくりとした。 「いいえ……誰も。邪の予防にね、引きしにあった古いフレーバーティーを淹れてんでみたのよ。にわなくて、すぐに流しちゃったけれど」
母はそう言って背を向け、台所へと戻っていった。 私は違を拭いきれないまま、を洗うために台所の流し台へと向かった。
そして、固まった。
ステンレスのシンクのに、洗い桶が置かれていた。 そののに、なるようにして沈められていたのは、客のティーカップだった。
磁に繊細な彩とが描かれた、ノリタケのカップとソーサー。 父が健だった頃、滅に来ない特別な客のにしかさなかった、器棚の奥に切にしまわれていた来客用のセットだった。
客ではない。 客でもない。 客のカップの底に、茶い茶の澱がわずかに残り、ので揺れていた。 その横には、さなのフォークが本と、乾いた菓子のスポンジの屑がこびりついた皿が枚、無造作に浸けられていた。
シンクのたいを見つめたまま、私の指先が急速にえていく。
「母さん」
私の声は、自分でも驚くほどく沈んでいた。 背で、蔵庫のドアを閉める音が止まった。
「これ、何?」 「……だから、言ったでしょう。
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古いお茶を試してみたって」 「客も?」
私は振り返り、母を凝した。 「フォークも本ある。ケーキの屑もついてる。で客のカップを使って、フォークを本汚して、お茶をんだって言うの?」
母は割烹着の端を固く握りしめ、唇を真文字に結んだ。その額には、っすらと脂汗が浮かんでいた。
「……民委員の方がね」 母は震える声で、急ごしらえの言い訳を吐きした。 「お父さんのことで、様子を見に来てくださったのよ。でいらしたから、お茶をおしして……」 「嘘をつかないで!」
私は声を荒らげた。 「玄関の鍵はつとも、私がけるまでしっかり閉まってた。私が鍵をけた、鍵穴に何の抵抗もなかった。つまり、誰かがピッキングで入ったんじゃない。母さんが、内側から鍵をけて招き入れたんでしょう!?」
母の肩がびくりとねた。 「あの女でしょう。昨の夜、に来た女を、母さん、私が仕事にってるにに入れたんでしょう!?」
「違う!」 母が突然、切り声をげた。 その目は血り、狂気を孕んだを宿していた。
「違います! あのは来てない! 来てないったら来てないの!」 「じゃあ、このカップは何なのよ!」 「らない! 私が使ったのよ! 私がで、昔をいして並べてみただけよ! あんたに何が分かるのよ、私の気持ちの何が!」
母は半狂乱になって叫ぶと、シンクに駆け寄り、洗い桶ののカップを乱暴に掴んで洗い始めた。
陶器と陶器がぶつかりい、カチャカチャと甲い障りな音が台所に響き渡る。