"「産めない」と婚約破棄された私が、52歳の夫の双子を授かったら" 第1話
結婚する相を違えた
「子どもは、難しいってことなのね」
診察をたところで、直の母親が言った。待にいた女性が顔をげ、私は検査結果をバッグにしまおうとした。
「先は、できないとは言っていません」
「ちょっと見せて」
差しされたをに、断れなかった。
28歳の私は、3付きった直と結婚する予定だった。居の候補も決まり、式を見にくも決めていた。
以から経が規則で、結婚をに婦科を受診した。結果を聞くは直が付き添うはずだったが、仕事で来られなくなった。
「それなら私がくわ。直も配しているし」
で丈夫です、と言ったのに、彼の母親は引かなかった。ここで揉めるのも嫌で、私は頷いてしまった。
医師は、卵巣の状態をみる数値がめであることと、片側の卵管の通りがよくない能性を説した。ただ、それだけで妊娠できないと決まるわけではない、とも言った。
その言葉を、彼女も隣で聞いていた。
「こういうことは、先に言ってもらわないと」
検査結果を返しながら、彼女が呟いた。
私も今、聞いたばかりだった。そう言おうとしたときには、もうへ歩きだしていた。
その夜、母から話があった。直の母親から、結婚を考え直したいと連絡が来たという。
翌、直と駅の喫茶で会った。
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彼は先に来ていた。私が座っても顔をげず、めたコーヒーをかき混ぜていた。
「母さんが、どうしても納得できないって」
「あなたは?」
スプーンが止まった。
「直。あなたがどうってるか、聞いてるの」
彼はようやく私を見た。
「うち、俺が息子だから」
膝ので、バッグの持ちを握った。
「先は、絶対に妊娠できないって言った?」
「言ってないけど」
「じゃあ、どうして結婚をやめるの?」
「もし本当にできなかったら、どうするんだよ」
そのことなら、私だって怖かった。昨夜も検査結果を読み返し、眠れなかった。今は彼に、そのを話すつもりで来た。
「そのときは、で考えるんじゃないの?」
「そんな簡単な話じゃないだろ」
直は声を落とし、周りを見た。
「母さん、孫を楽しみにしてるんだよ」
私は指輪に触れた。
「子どもができなかったら、私とは暮らせないんだ」
「そういう言い方、やめろよ」
「違うの?」
彼は答えなかった。
「母さんだって、俺のためをって言ってるんだから」
私は指輪からをした。
「……そう。わかった」
直の肩がわずかにがった。それを見て、もう席にいたくなくなった。
数、彼の部に置いていた荷物が勤務先に届いた。段ボールがつ。取りに来てほしいという連絡さえなかった。
受付で箱をけると、のに料理の本があった。肉じゃがのページには付箋が残っていた。
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直にがいと言われ、次は調料を増やそうとっていた。
私は本を伏せ、箱を閉じた。
指輪は、その週末に送り返した。
それから母の紹介で、何かの男性と会った。趣の話で笑いえても、検査のことを話すと、次の約束が決まらなくなった。
2度会った男性は、2000円ほどのマフラーをくれた。ところが、事をった翌、メッセージを送ってきた。
〈お付きいが難しいなら、マフラーは返してもらえますか〉
私は所を聞き、着払いで返した。
30歳になったころ、母に言った。
「もう紹介はいいよ。でも暮らしていけるから」
母は、膝のでティッシュを畳んでいた。
「それはわかってる。でも、私がいなくなったあと、あなたが具を悪くしたらとうと……」
私は言い返せず、隣に座った。
翌、叔父から話があった。
「度だけ会ってみないか。子どものことは気にしないと言ってる」
相は52歳。妻をくし、で働く娘がいるという。
私は窓に映った自分を見た。
「……度だけなら」