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"夫の死後、最後のお別れすら奪われた私" 第16話

「お母さん……姓、捨てるの……?」 娘の声が、微かに震えていた。 「お父さんの名、もう名乗らないの……?」

「捨てるんじゃないわ」 私はを向いたまま答えた。 「本来の私に、戻るだけよ。、私は『佐藤健の妻』として、義父の介護をして、の帳簿をつけて、もやしの値段を気にしてきてきた。でも、もうその役目は終わったの」

職員が奥の端末を叩く乾いた音が、静かに響く。 続きは、あっけないほど数分で終わった。

という歳が、たった枚のいと、役所の認印つで解体されていく。 胸の奥をく塞いでいた鉛の塊が、すっと溶けていくような、奇妙な軽さをじていた。

区役所の自ドアをると、え切ったの青空が広がっていた。

「お母さん!」 美穂がって追いかけてきて、私のコートの袖を掴んだ。 その瞳から、粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。

「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……! 私、お父さんの方をして、直さんを受け入れて……お母さんのこと、番傷つけた……! 許してなんて言えないけど……でも、お母さんまでいなくなったら、私……!」

掴まれた袖を見つめる。 かつて、をした夜に私の指を握りしめていた、さなの触が蘇る。

りはなかった。 だが、あの頃と同じように抱きしめてやる力も、今の私には残っていなかった。

私は、美穂ののに自分のをそっとねた。

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そして、静かに、その指を私の袖からした。

「美穂」

娘が息を止め、濡れた目で見つめ返してくる。

「私はあなたの母親よ。その事実だけは、戸籍をどうき換えても変わらないわ」

美穂の顔に、微かな堵が浮かびかけた。 けれど、私はその甘えを許さなかった。

「でもね、私はもう、お父さんの罪を背負う防波堤じゃないの。佐藤の都のいい母親でもない。あなたが寂しいときに、無条件で駆けつけてを撫でてあげるでもないのよ」

「お母さん……」

「美穂、もしこれからので、私に会いたいとうなら」 私は歩、ろへがった。 娘とのに、たく澄んだ境界線を引くように。

「今度は、あなたの都じゃなくて、私の都も聞いてね」

美穂の唇がわなわなと震え、声にならない嗚咽が漏れた。 娘はくをげ、たいアスファルトに向かって泣き崩れた。

私はそれ以、言葉をかけなかった。 背を向け、の並へと歩きした。 振り返りたい衝を、の裏の確かなみで踏み潰しながら。

午、私はであのへ向かった。

解体業者のち会いと、私物の最終確認。 誰もいない、黒い瓦根の実。

美によって持ちられ、弁護士のを経て戻ってきた夫の骨壺は、リビングのサイドボードのにポツンと置かれていた。 い陶器の肌が、斜めに差し込むを反射している。

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美は「佐藤の墓に入れる」と騒いでいた。 だが、私はこの骨を、あの酷な親族の墓に埋める気は毛なかった。 来週、直とで、夫が好きだった関のへ葬の続きにく約束をしていた。 誰の支配も受けない、誰の世体にも縛られない所へ、夫の抜け殻を還すために。

静まり返ったので、私は押し入れの奥から冊のアルバムを引っ張りした。

、私が撮り溜めてきた族の記録。 ページをめくると、笑っている健さんと、さな美穂の姿ばかりが並んでいた。 運会、旅、入学式、。

どこをめくっても、夫と娘のの写真ばかり。 私自の姿は、数えるほどしかなかった。

私はいつも、カメラのファインダーの向こう側にいた。 が笑顔を作るのを待って、シャッターを押し、「うまく撮れた?」と聞かれて笑っていた。 私のは、いつだってこの族の『記録係』であり、『台裏の雑用』だったのだ。

アルバムの最のページに、枚のパンフレットが挟まっていた。 婚式の記に、老舗の写真館で夫婦のポートレートを撮ろうと、夫がに持ってきたチラシだった。

『の謝を込めて、だけの記写真を』。

あの約束の、私たちはすでに別居していた。 写真は、枚も撮られないままだった。

私はアルバムを閉じ、埃を払った。

そして、夫が遺した病院のメモと、あの未送信のを、サイドボードのの骨壺のに置いた。

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