"夫の死後、最後のお別れすら奪われた私" 第8話
それを奪ったのは美だった。 だが、その妹の指図に従い、自ら通話を諦めたのは――でもない、夫自だった。
病院をると、たいがり始めていた。
傘を持っていなかった。 肩に落ちる粒のたさすら、麻痺した覚のでは何もじなかった。
私はコートのポケットからスマートフォンを取りし、昨夜、斎の裏で直から渡された話番号をタップした。 コール音が回鳴って、く落ち着いた声が返ってきた。
『……佐藤です』
「私です。由美です」
話の向こうで、直がさく息を呑む気配がした。
「今、病院でカルテと面会簿を見てきました。……会って、話を聞かせてくれませんか」
『……分かりました。今、どちらにいらっしゃいますか』
分、私たちは駅の寂れた喫茶の片隅に座っていた。 午の内には、に客はいなかった。 運ばれてきたいアメリカンコーヒーから湯気がちっていたが、ともカップにを触れようとはしなかった。
「初、病で健さんと何を話したの」 私は直の目を見つめて尋ねた。
直は膝ので両を組み、線を落とした。 そのの甲の骨ばった形が、代の頃の夫と酷似していて、胸がチクチクと痛んだ。
「父は……泣いていました」 直がぽつりと言った。 「ぶりに再会した俺の顔を見て、『直、本当にすまない』って。
広告
そればかりでした。俺は、父を許す気にはなれなかった。でも、痩せ細って点滴に繋がれている姿を見たら、鳴りつけることもできなかった」
「健さんは、私の話をしていた?」
直の肩が、微かに揺れた。
「はい。『由美に話さなきゃいけない』と、何度も言っていました。『俺はとんでもない嘘をついてきた。美穂にも話してしまったし、もう隠しきれない。今すぐ由美を呼んでくれ』って。携帯話を握りしめて、震えるでロックを解除しようとしていました」
「……それなのに、なぜ」
「あけみ叔母さんが、病に入ってきたんです」
直の声が、く濁った。
「叔母さんは父のから携帯を奪い取りました。『お兄ちゃん、何考えてるの!』って鳴りつけて。『今あの女に連絡したら、病院に乗り込んできて美穂ちゃんの結婚式のことまでぶち壊されるわよ! せっかく直くんと会えたのに、台無しにしたいの!?』って」
あの、斎で私を罵倒した美のヒステリックな声が、脳裏に々しく蘇る。
「父は……反論したの?」 私の問いに、直は首を横に振った。
「いいえ。父はただ、怯えたように叔母さんを見つめて……『でも、由美に言わないと……』って、々しく呟くだけでした。そしたら叔母さんが言ったんです。『体が治ってから、全部落ち着いてから話せばいいの。私がうまくに入ってあげるから、今は静かに寝てなさい』って」
広告
「……それで?」
「父は、黙りました」 直は苦しそうに顔を歪めた。 「『……そうだな。今は、やめておくか』って。そう言って、携帯を叔母さんに渡したんです」
目のが真っ暗になった。
『今は、やめておくか』。
その言。 たったそれだけの、自分のさな保のために。 私とのを、ゴミのように先送りにしたのだ。
美に無理やり奪われたのではない。 夫自が、られるのが怖くて、妻の絶望と向きうのが嫌で、妹の都のいい言い訳にび乗ったのだ。
「直さん」 私は乾いた唇をいた。 「健さんが言っていた、『話していない』って、何のことか当たりはある?」
直の表が、直した。 彼は目を見き、私を凝した。
「……父のメモのことですか」
「ええ。『美穂のタンスの奥』ってかれていた」
直はく息を吐きし、額にを当てた。 い沈黙が流れた。 めていくコーヒーの表面に、内の蛍灯が虚しく反射している。
「……俺の、学の学費です」
沈黙を破った直の言葉を、私はすぐには理解できなかった。
「……何?」
「俺が学に入学したとき。それから、卒業して就職した会社を辞めて、今の仕事をちげたとき。……父から、まとまったが振り込まれました」
臓が、鐘を打った。 ドクドクとの奥で激しい音が鳴る。
「母は受け取るのを拒否しました。『今さら父親面するな』って。でも、俺にはどうしてもが必だった。
だから……父の座から、直接俺の座に振り込んでもらったんです。