"夫の死後、最後のお別れすら奪われた私" 第1話
「兄がんだから。もう骨にしただけど」
元で響いた義妹・美の声は、まるでゴミの収集を告げるかのように平坦だった。
「……え?」
「だから、お兄ちゃんがんだのよ。葬儀はこっちで済ませたから、あんたは来なくていいって言ったでしょ。でも親戚への、偲ぶ会だけは形だけやるから。顔だけしなさいよ。典は置いていってね」
方に通話が切れた。 ツーツーという無質な子音だけが、築の湿ったアパートの畳に響いた。
指先が、氷に浸けられたようにたくなっていく。 喉の奥がからからに乾いて、声がない。
んだ? 健さんが?
、「しばらく、別々に暮らしたい」とだけ言って私をから追いした夫。 あのとき、夫の隣にっていた義妹は「お兄ちゃんにはしいができたのよ、を引いたら?」と勝ち誇ったように笑っていた。 夫は何も言わなかった。ただ俯いて、私の目を度も見ようとしなかった。
私は、娘の美穂の結婚を控えていたから。 沼の争いになって娘の破談の引きになることだけは避けたかったから、の回りのものだけをボストンバッグに詰めて、をた。 婚届には、判を押していない。 私たちはまだ、戸籍のでは歴とした夫婦のままだった。
それなのに。
「もう、骨にした……?」
膝が震えて、うまくちがれなかった。
広告
クローゼットの奥から、袖を通していなかった黒の喪を引っ張りす。 防虫剤のツンとした匂いがを突いた。 鏡を見る余裕すらないまま、黒いパンプスにを突っ込み、駅へ向かってった。
最のお別れすら、させてもらえなかった。 あのたい遺体に対面することすら、許されなかった。 のを、夫のぼんやりとした横顔と、義妹の嘲笑がぐるぐると渦巻いていた。
斎のい自ドアをくぐった瞬、ぬるい線の匂いが肺の奥を満たした。
埼玉県内の、郊にある公営斎。 平の午、案内板の黒の文字に目をらせる。
『佐藤・偲ぶ会』
受付には、夫の従兄弟にあたる男性がっていた。 私の姿を認めた瞬、骨に眉をひそめ、居悪そうに線を逸らした。 「……ゆみさん、来られたんですか」 「健さんは……夫は、どこですか」
震える声で尋ねると、従兄弟は案内板の奥、第式を無言で指差した。
式の扉は、すでに半分いていた。 祭壇の央に飾られていたのは、私がの族旅で撮ってやった夫の写真だった。 し照れくさそうに笑う、見慣れた顔。 その遺のに置かれていたのは、桐の箱に納められた、真っな陶器の骨壺だった。
本当に、もう燃やされてしまっていた。 たくなった頬に触れることも、喉仏を拾うことも、妻である私には許されなかった。
広告
骨壺のさが、目に痛いほど眩しかった。
「よくぬけぬけと来られたわね」
背から、くねばりつくような声がした。 振り向くと、黒いレースのストールを肩に羽織った義妹の美がっていた。 唇には、喪のには釣りいなほど鮮やかなが引かれている。
「美さん……どういうことですか。なぜ私に連絡をくれなかったの? 私はまだ、健さんの妻です。葬にち会う権利があるはずでしょう!」
声を荒らげたつもりはなかった。けれど、押し殺した叫びが喉を裂いて漏れた。 美はで笑い、腕を組んだ。
「権利? も別居して、夫を放置していた女が何を言ってるのよ。お兄ちゃんが倒れてから、あんた度でも様子を見に来た? 話本かけてきた?」
「あなたが、私に連絡先を教えないように健さんをざけていたんじゃないですか! 『しい女性と暮らしているから邪魔をするな』って……」
「ええ、そうよ。しい女性よ」
美は私の言葉を遮り、顎の先で祭壇の最列を指した。
「ほら、見てみなさいよ。お兄ちゃんの本当の族が、あそこに座ってるわ」
式の最列。 焼台のすぐ目の、喪主の席。
そこには、代半ばとおぼしき、見らぬ女性が座っていた。 髪交じりの髪をろで几帳面に束ね、仕てのいい黒のスーツを着ている。 派な女ではない。
むしろ、どこにでもいる、慎ましくきてきたような佇まいの女性だった。