"椿の家を守った母" 第2話
片桐男 片桐。
会社名も、肩きも、話番号もない。
ただ、それだけがかれた名刺だった。
いつ作ったのだろう。
父親の葬儀に備えて、「男」といた名刺を準備していた。
呆れる気力もなかった。ただ、その1枚が胸の奥にじわりとく沈んでいった。
正はよく言っていた。
「男がしっかりしないとな」
夕飯の席でビールをんだ、ため息のようにこぼす言葉だった。
はその言葉を、父から自分への期待だと受け取っていたようだった。そう言われるたびに背筋を伸ばし、「俺に任せてくれ」という顔をしていた。
けれど、私はっていた。
あれは期待ではなかった。
「しっかりしないとな」というのは、「しっかりしていない」という現実へのため息だった。
正は、それをに面と向かって言えなかっただけだ。
器用なだったから。
翔太が葬儀を取り仕切り、が名刺を配り続けた1が終わった。
夜、親戚も帰り、に1になった、正の遺だけが居に残っていた。
私はそのに座り、しばらく何も言えなかった。
遺の正は、し照れ臭そうに笑っている。
、写真を撮られるのが苦なだったから、ちゃんと正面を向いていない。しだけ顔が斜めを向いたその写真が妙に正らしくて、そこでようやく涙がた。
翌朝、目が覚めると、何のために起きがればいいのか分からなかった。
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台所へき、いつものようにコーヒーを淹れた。
気づけば、正の分まで用していた。
2つのカップが卓に並んだところで、ようやく気づいた。
向かいの席に、もう誰もいない。
35、そこには誰かがいた。
その当たりが、晩で消えた。
正は無なだった。
朝のに話しかけても、「うん」か「そうか」しか返ってこない。退職は特にそうだった。聞を読み、コーヒーをみ、庭の入れをして、昼寝をする。
それだけの1を、何も言わずに過ごすだった。
退屈なだとった期もある。
もうし話してくれればいいのに、とった期もある。
でも今は、向かいの席に誰かがいたという事実のさが、初めて分かった。
カップの湯気が細くちのぼり、やがて消えていく。
そのままコーヒーがめるまで、私はそこに座っていた。
正の分のカップには、最までをつけられなかった。
夫のが終わった頃だった。
久しぶりに男のから話がかかってきた。
「母さん、そろそろ相続の話しないとな」
番だった。
私はわず苦笑した。
夫がくなってまだかも経っていない。
仏壇の線のりがに残っている期だった。
「相続って何のこと?」
そう尋ねると、は呆れたようにため息をついた。
「親父の財産だよ」
まるで自分の権利を確認するかのような調だった。
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私は静かに答えた。
「相続は私とあなたたち兄弟よ」
「だから話しおうって言ってるんだろ」
「何を?」
話の向こうで瞬沈黙が流れた。
そしては当然のように言った。
「は俺が継ぐ」
私は返事をしなかった。
代わりに窓のを見た。
夫が植えた椿がに揺れている。
「俺は男だからな」
その言葉を聞いた瞬、胸の奥がしだけえた。
昔からそうだった。
は何かにつけて男を理由にした。
学の頃はお玉。
になれば祖父母からの援助。
社会になれば実の扱い。
いつも「男だから」。
けれど義務の話になると途端に黙る。
夫の介護もそうだった。
病院に来た回数は片で数えられるほどだった。
仕事が忙しい。
子供がいる。
宅ローンがある。
理由はほど聞いた。
だが翔太は片かけて毎週来ていた。
忙しさだけの問題ではない。
私はっていた。
「まだ私はきてるわよ」
そう言うと話の向こうで舌打ちが聞こえた。
「そんなこと言ってるんじゃない」
「なら何?」
「将来の話だよ」
将来。
便利な言葉だ。
その言葉では欲望を隠せる。
「母さんもじゃ変だろ」
今度は優しい声になった。
私は笑いそうになった。
この声をっている。
何かを欲しいの声だ。
「そうかしら」
「俺たちが同居してやるよ」
やる。
その言が引っかかった。
私は頼んでいない。
それなのに恩着せがましい。