"22年育てた継娘の挙式前夜、親族席を奪われた母" 第9話
何気なくハンカチを広げた隆之の目が、裏側の隅に縫い付けられた極の刺繍に止まった。
『美咲が幸せでありますように。母より』
その文字を見た瞬、玄関のチャイムがけたたましく鳴り響いた。
こんな夜に誰だ、と舌打ちしながら隆之がインターホンの画面を覗き込む。
そこに映っていたのは、ウェディングドレスを脱ぎ捨てて乱れた髪の美咲と、たいりを瞳に宿した由紀子の姿だった。
夜過ぎ。 玄関のドアをけた瞬、美咲がリビングのに崩れ落ちた。
「お父さん、どうしよう……悠太さん、本当に婚姻届をさないって……」
膝をつき、化粧の崩れた顔を両で覆って号泣する美咲。 その背で、黒留袖からな私に着替えた由紀子が、え切った目でリビングを見渡していた。
隆之は酒の抜けないを掻きむしり、元のを乱暴にテーブルへ叩きつけた。
「おい、美咲、泣いてるじゃないぞ! 真理子のやつ、弁護士をててていきやがった! ののあいつの荷物、全部綺麗さっぱり消えてる!」
「え……?」 美咲が涙に濡れた顔をげた。
「ていった……? お母さんが? 嘘でしょ……?」
「嘘なもんか! テーブルにこんなを置いていきやがって! 調子に乗りやがって、あの女……!」
隆之は激昂して壁を蹴った。 だが、そのりは妻を失ったしみではない。
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自分のい通りにく便利なが、勝に持ちをれたことに対する傲な苛ちだった。
その、リビングの奥から、カツンとたい音が響いた。
由紀子だった。 由紀子はローテーブルにづくと、真理子が残した桐の箱と、広げられたい麻のハンカチを静かに見つめた。
隅に縫われた、極の刺繍。 『美咲が幸せでありますように。母より』
由紀子の指先が、その糸の隆起をそっと撫でた。 針針、娘の幸福だけを願って刺された、狂おしいほど丁寧な運針。
「……これ、真理子さんが縫ったのね」
由紀子のく沈んだ声に、隆之が振り返った。 そして、都のいい笑みを浮かべてづいていく。
「ああ、そうだ。まああいつは縫い物くらいしか能がないからな。でも由紀子、怪の功名だよ。あいつが自分からていってくれたんだ。これで邪魔者はいなくなった」
「邪魔者?」 由紀子が顔をげた。その瞳には、侮蔑のが濃く宿っていた。
隆之はその軽蔑にすら気づかず、浮かれた声で捲してた。
「そうだよ! 美咲も嫁いだんだ、俺たちのやり直しを邪魔するやつはもう誰もいない。このは俺のものだ。おさえ良ければ、からでもここに戻ってきていいんだぞ。昔みたいに、本物の族で暮らそうじゃないか」
「本物の族……?」 由紀子のから、乾いた笑いが漏れた。
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「隆之さん。あなた、正気なの?」
「な、何がだ?」
由紀子はバッグから、冊のいアルバムを取りした。 披宴会の控から、美咲が持って帰ってきたものだった。 いちムービーのために用され、真理子の姿が自然にトリミングされるの、オリジナルの族アルバム。
バサリ、と由紀子がテーブルのにそれを投げした。
かれたページには、学の運会で、美咲の汗を拭う真理子の姿。 学の卒業式で、泣きじゃくる美咲の肩を抱く真理子の姿。 どの写真の真理子も、決して着飾ってはいなかった。 指先には絆創膏が巻かれ、髪を無造作に束ね、ただただおしそうに美咲を見つめていた。
「この、私が逃げして放りしたを、このが全部埋めてくれたのよ」
由紀子の声が震えていた。
「それを何? 娘のれ台から追いして、いを私に横流しさせて、最はから追いして私を釜に座らせる? ……あなた、自分がどれだけおぞましいか、分かっていて言ってるの?」
「由紀子、お、何をってるんだ! 俺はおのために——」
「私のために、別の女性のを踏みにじったとでも言うの!?」
由紀子の声が、静まり返ったリビングに響き渡った。
「私はね、美咲に会いたかっただけよ。母として謝りたかった。でも、真理子さんから母親の座を奪って、あなたの政婦に戻りたかったわけじゃない! 尽くしてくれた妻を平気で捨てるような男と、誰がやり直すとうの!?」