"十八年間消えていた夫の保護者席要求" 第2話
夜、夫が入浴している隙に見てしまったのだ。 詰め込まれていたのは、鮮やかな青のサッカー本代表のユニフォーム2着。 背には、アメリカで催される親善試のロゴ。 そしてポケットの奥に突っ込まれていた航空券の控え。 そこには、夫の名の隣に、夫の部である「林美」という女性の名が印字されていた。
臨の妻を置いて、20代のとアメリカへサッカー観戦旅。 それが、夫の言う「社運を賭けたプロジェクト」の正体だった。
夫がてった数、腹部に激しい痛みがった。 予定より2週以い、本陣痛だった。
脂汗を流しながら、にいつくばって夫の携帯を鳴らした。 しかし、返ってきたのは無質なアナウンスだけ。
『おかけになった話は波の届かない所にあるか、源が入っていないため――』
のだった。 と隣同士で座り、これから始まる甘いバカンスに胸を躍らせていたのだろう。
結局、病院へ駆けつけてくれたのは、実の父だった。 定を迎えたばかりの無な父が、軽トラックをばして私を産院へ運び、分娩のの廊で何も祈るようにち尽くしていた。
翌朝、美咲がまれた。 2800グラムの、さな、けれど力い産声をげた女の子。
分娩台ので、汗と涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、私は震える指で夫のメールアドレスへメッセージを送った。
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『無事にまれたよ。女の子です。とも元気だよ』
送信完の表示を見つめながら、私は奇跡を信じようとしていた。 どんなに勝なでも、自分の血を分けたが子がまれたとれば、父親としてのが芽えるのではないか。 すぐに話をかけてきて、「すまなかった」と謝ってくれるのではないか。
けれど。 そのメールに返信が来ることは、度となかった。
数、退院した私を待っていたのは、誰もいないえ切った自宅だった。 そして、私の元に届いたのは、共通ののSNSに誤って投稿された、カリフォルニアの青空ので肩を抱きう夫との写真だった。 満面の笑みでビールカップを掲げる夫の胸元には、あのお揃いの青いユニフォーム。
その写真のタイムスタンプは、美咲が産声をげた、まさにその刻を指していた。
私はその画像を保し、無言でプリントアウトした。 泣き叫ぶことも、取り乱すこともなかった。 ただ、胸のの何かが完全にえ切って、い鉄の塊に変わっていくのをじた。
このに、父親になる資格はない。 そして、私とこの子のに、この男の居所は1ミリもない。
協議婚は沼だった。 貞の証拠を突きつけられた夫は、最初は「来だった」「おが妊娠してから構ってくれなくなったからだ」
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と見苦しい言い訳を並べてた。 義母もまた、「男の嫁のくせに夫の浮気くらいで騒ぎてて」「うちの孫を連れてく気か」と実に鳴り込んできた。 けれど、父が毅然とした態度で弁護士をて、公正証を作成させると、夫は養育費の支払いを約束して婚届に判を押した。
「毎きちんと振り込む。俺だって父親なんだからな」
別れ際、夫はそう吐き捨てた。 だが、その約束が守られたのは最初の2だけだった。 やがて支払いは滞り、督促の連絡を入れても「今は会社の業績が悪くて」「再婚してしい活があるんだ」と言い訳を繰り返し、美咲が学にがる頃には完全に音信通となった。
私は実に戻り、事務の仕事を掛け持ちしながら、父のを借りて美咲を育てた。 夜遅くの残業のは、父が保育園の迎えにってくれた。 学の運会で美咲が転んで泣いたとき、砂まみれの美咲を抱きげてゴールまでってくれたのも父だった。 美咲が学、と学するにつれ、教育費はくのしかかったが、父は自分の退職を崩して「美咲の将来のためだ」と惜しみなく差ししてくれた。
美咲は、聡な子に育った。 自分の父親がいない理由を、美咲が初めてにしたのは学にがるのことだった。
「お母さん、美咲にはお父さんいないの?」
公園のベンチで、さなを私の膝に乗せて尋ねてきた。