"妻が胸に縫い込んだ謎の数式" 第6話
私は何も言わず、テーブルを回り込み、彼女の目のに歩み寄った。そして、黒鉛ので微かに汚れたミリ方を、彼女の線のにそっと差しした。
そこには、計算によってプロットされた無数の点と、それを丁寧に繋いだ、濃く美しいハートの曲線が、と黒の鮮烈なコントラストで描かれていた。
彩は目を見張った。
彼女の線が、の央に鎮座するハートマークのを、吸い寄せられるように彷徨う。
「……本当に、ハートになった」
ぽつりと、彼女の唇から言葉が零れた。
「らなかったの?」
私が掠れた声で尋ねると、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめ、さく肩をすくめた。
「うん……ネットで『を伝える数式』って検索して、見つけたの。数式を打ち込むとハートの形になるっていてあって、すごく素敵だなってって……。でも、私にはこの計算が本当にってるのかどうか、確かめる術がなかったから。デザイナーの友達に頼んで、刺繍のデータにしてもらうときも、『本当にハートになるの?』って聞かれて、『たぶん、なるはず』って答えてたんだよ」
彼女は照れくさそうに笑いながら、方のにそっと指先を伸ばした。鉛で引かれた輪郭線を、壊れ物を触るかのように、おしそうになぞる。
「だからね、ちょっと賭けだったの。もし違ってて、ただのぐちゃぐちゃな線になっちゃったらどうしようって。
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でも……あなたなら、絶対に途で投げさずに、最まで解いてくれるって信じてた。パソコンじゃなくて、鉛で描いてくれたんだね」
彼女が私のを覗き込んだ。親指と差し指の腹が、真っ黒に汚れていた。
「……械に解かせるわけにはいかないよ」
私は彼女のに膝をつき、彼女の目線と同じさに線をわせた。
「彩が、針針縫ってくれたんだ。私の臓の真に、この式を置いてくれたんだ。だったら……私が自分ので、鉛を削って、座標を計算して、この形を確かめるのが筋だろ」
彩の瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていった。
彼女は元をで覆い、さく息を呑んだ。
「ありがとう、彩」
私は彼女の震えるを、黒鉛で汚れた自分ので、そっと包み込んだ。
「私は……いつも、言葉がりなくてごめん。君がどれだけ切か、どれだけしているか、気の利いた言葉で伝えることができなくて、ずっと申し訳ないとってた。でも……これ以の言葉はないよ。このエプロンは、私の宝物だ。、切にする」
彩は涙をぽろぽろとこぼしながら、けれどこれ以ないほど幸せそうに破顔した。
「うん……伝わったよ。あなたのその真っ黒な指先を見ただけで、言葉なんかよりずっと、全部伝わったよ」
彼女ののひらの温もりが、私のえた指先をじんわりと温めていく。
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言葉は記号にすぎない。けれど、そこに込められた魂のみと、相を理解しようとする祈りがあれば、どんな無質な数式であっても、世界で最もいの告になり得るのだ。
その夜、私はあまりのと興奮の余韻から、どうしてもこの奇跡のような来事を誰かに伝えたくなり、スマートフォンをにした。
普段は個な呟きや、技術系のニュースのリツイートくらいにしか使っていないTwitterのアカウントをく。
机のにエプロンを広げ、胸ポケットの数式の刺繍がはっきりと見えるように写真を撮った。そしてその隣に、私が方のに計算で導きした、無数のプロット点と鉛の線が残るハートのグラフを並べた。
い文章を添えた。
『妻から誕プレゼントにエプロンをもらった。胸元に謎の数式が刺繍されていたので、計算でグラフを描いてみたら、綺麗なハートマークになった。理系のの証、受け取りました』
夜の静寂のなかで、ツイートボタンを押した。
それは、私にとってはただの、する妻への謝の記録であり、ささやかな常の報告にすぎなかった。
だが、翌朝目を覚ましたとき、私のスマートフォンは信じられないようなを帯びていた。
画面をいた瞬、通の数字がカンストしていた。画面がフリーズしそうになるほどの勢いで、リツイートとお気に入りの通が滝のように流れ落ちていく。