"孤島に捨てられた母✕式場の主賓席に座る亡夫" 第16話
美穂が私のコートの裾を必に掴んだ。 指先がくなるほどく、すがるように。
「お母さん、待って! かないで! 私が悪かった……私が全部違ってた! お父さんに言われるがまま、がおかしくなってたの! お母さん、お願いだから助けて……! 私、になっちゃう……!」
涙とでぐしゃぐしゃになった、かつて私が命懸けでした娘の顔。 邪を引けば晩背をさすり、に悩めば緒に泣いた、私の宝物だったはずの顔。
私の胸の奥が、鋭く痛んだ。 母としてのが、喉元までせりがってくる。 抱きしめてやりたい、昔のように「丈夫だよ」と言ってやりたいという衝が、体の芯を揺さぶる。
けれど。
私は、コートを掴む娘の指を、本ずつ、静かに、確実に引き剥がした。
「お母さん……?」
美穂が信じられないものを見る目で、私を見げた。
「美穂」
私の声は、のようにたく、澄み切っていた。
「あんたは昨、あの島で私を捨てたときに、もうとしての選択をしたのよ」
「……」
「父親に脅されたから? 嘘が怖かったから? 違うわ。あんたは自分の虚栄のために、私を殺すことを選んだの」
美穂の瞳から、粒の涙がぼろぼろと零れ落ちる。
「あんたは、あの男とまったく同じになったのよ。自分の都のためにを踏み躙り、追い詰められれば涙を流して被害者のふりをする」
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「そんなことない……! 私は、お母さんをしてる……!」
「しているを、真の孤島に置きりにはしないわ」
私の言葉は、娘の胸を容赦なく刺し貫いた。
「もう度と、私のに現れないで」
「お母さんッ!」
泣き叫ぶ娘の声を背に受けながら、私は度も振り返らずにドアをけ、ホテルの廊へと歩みた。
エレベーターをり、エントランスをると、午のみなとみらいのたいが頬を打った。 ひとつない青空が広がっていた。 層ビルのガラス壁が、の陽を浴びて眩しく輝いている。
、私のに張りついていたい鉛の塊が、音をてて砕け散っていくような覚があった。
私は夫を失ったのではない。 最初から、あんな男はいなかったのだ。 そして私は、今、娘を失ったのではない。 娘が選んだを、娘自に返しただけなのだ。
く息を吸い込むと、肺の奥までたく清らかな空気が満ち渡った。 私のは、しっかりとを踏みしめていた。
それから、ヶが過ぎた。
静岡のは、の匂いとともにく訪れる。
私はみ慣れた古い借を引き払い、駅のくのさなワンルームマンションに引っ越した。 当たりの良いベランダからは、く駿湾の平線が見える。 スーパーのパートも辞め、元の図館の受付として働き始めた。
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静かで、誰の嘘にも脅かされない、穏やかな々だった。
修は、佐伯運からの刑事告訴を受理した警察によって、詐欺および私文偽造の疑いで取り調べを受けていると、弁護士から面で報告があった。の事故についても、捜査の環として記録が再検証されているという。 美穂は会社を依願退職し、都内のさなアパートでで暮らしているらしい。
ある曜の朝。 私はで駅のホームにち、フェリー乗りへと向かうバスに乗った。
元には、初島きの往復乗符。
誰かに騙されて連れてこられたのではない。 誰かの過を悼むためでもない。 私自の志で、私自ので、あのをもう度見にくための旅だった。
午。 初島へ向かうフェリーの甲板につと、柔らかなの潮が髪を優しく揺らした。 波沫が太陽のを浴びて、いダイヤモンドのように輝いている。
ポケットので、スマートフォンがく震えた。
画面をくと、見らぬアドレスからのメールが件、届いていた。 送信者の名はなかったが、文面の最初のを見ただけで、誰からのものかはすぐに分かった。
『お母さん。かくなってきたけれど、体は丈夫ですか。私は今——』
私はそれ以、スクロールしなかった。 読む必はなかった。
源ボタンを押し、画面を暗転させる。 スマートフォンをバッグの奥底へ滑り込ませ、ファスナーをしっかりと閉めた。
許す必はない。 忘れる必もない。 ただ、過を過として切りし、私は私のをきる。それだけで分だった。
汽笛が、く、れやかに鳴り響いた。
フェリーの舳先が、青いを力く切り裂いていく。 方に、初島の緑豊かな島と、亜の灯台が見えてきた。
、私はあので夫を待ち続けた。 昨までの私は、誰かが帰ってくるのを待つだけの、無力なだった。
けれど、これからは違う。
私はすりを放し、背筋を真っ直ぐに伸ばして、広な平線を見つめた。 私のしい旅が、今、静かに始まろうとしていた。