みかん小説
本棚

"孤島に捨てられた母✕式場の主賓席に座る亡夫" 第4話

「始発のは、の朝分だよ。まで分ほどで着く。から幹線に乗れば、横浜には午には着けるはずだ。……事ななんだから、しっかりしなきゃね」

「はい……本当に、助かりました」

緑茶をすすると、張っていた胃がわずかに緩んだ。 だが、温まれば温まるほど、のの徹な疑が輪郭を帯びてくる。

話の向こうから聞こえた、あの男の声。 聞き違えるはずがない。 、にてきては私を苦しめ続けた、あの夫の声だ。

そして、この島。

「あの……女将さん」

「ん? なんだい?」

「この宿は、昔からずっとここでやっていらっしゃるんですか?」

「ええ。もうになるかねえ。昔は釣り客でごった返したものだけど、最は静かなもんさ」

私は膝ののハンカチをく握りしめた。

「……のの難事故を、覚えていらっしゃいますか」

女将のが、わずかに止まった。

「……?」

「駿湾からこの初島の沖にかけて、静岡の械備会社のが無で漂流していた事故です。乗っていた男は、遺体も見つからず、そのまま方になりました」

女将の眉が、自然に寄った。 急須の蓋を戻す属音が、静かなにさく響く。

「……どうして、その事故のことを?」

「いなくなったのは……私の夫です」

女将の呼吸が止まった。 濁りのない老女の瞳が、驚愕に見かれ、私の顔に注がれた。

広告

「奥さん……あんた、藤原さんの……?」

「ごなんですか?」

私の背筋を、たい汗が音もなく流れ落ちた。

女将は両を膝のに置き、く息を吐きした。 油ストーブのシューという燃焼音だけが、気なほどきくに届く。

「忘れるわけがないよ……」

女将の声は、く、い響きを帯びていた。

「あのの事故は、島でも持ちきりだったからね。だけが見つかって、は消えた。警察も保庁も、連うちの港をき来していたよ。……でもね、私が覚えているのは、警察のことじゃないんだ」

「警察の、ことじゃない……?」

「事故のニュースがテレビで流れた、翌朝のことさ」

女将はを乗りし、声を潜めた。

「まだ夜もけないうちから、本から速のクルーザーで乗りつけてきた男がいたんだよ。警察じゃない。黒いそうなコートを着た、いかにも羽振りの良さそうながらみの男だった」

臓が、肋骨の裏側を激しくノックし始めた。

「その男が……うちの宿にび込んできたんだ。『藤原修という男が、ここに逃げ込んできていないか』ってね」

「逃げ込んで……?」

「ああ。血相を変えていたよ。港の漁師連にも当たり次第にをつかませて、を隠していないか、誰かを匿っていないか、聞き回っていた。で遭難してんだかもしれないを、まるで棒か裏切り者でも追うみたいにして探していたんだ」

広告

息が詰まる。 遭難した翌朝に、夫を追って島に来た男。 警察よりもく、修が「きている」ことを確信して追ってきた。

「その男の……お名は分かりますか?」

声がかすれて、聞き取れないほどさくなった。 だが、女将は迷うことなく、記憶の底からその名をすくいげた。

「名刺を置いていったから、よく覚えてるよ。横浜の、きな運会社の社さんだった。……佐伯さんだよ。佐伯運の、正臣さん」

目のが、真っになった。

佐伯。

、美穂が嫁ぐ相——佐伯拓也の父親。 そして、娘がに入れたがっている、揺るぎない名の主。

パズルのピースが、音をてて噛みっていく。

、修の会社が起こした事故。 被害を受けた貨物を運していたのは、どこだったのか。 借に追われ、責任から逃れるためにに消えた夫。 その夫を、翌朝に追ってきた佐伯正臣。

そして、美穂が就職した会社は、佐伯運の関連企業だった。

偶然なわけがない。 そんな恐ろしい偶然が、この世にあっていいはずがない。

話の向こうで聞こえた、あの声。 ——余計な説はするな。切れ。

夫は、んでいなかった。 、あのでんだことにして逃げ延び、姿を変え、名を変え、き延びていたのだ。 そして娘は——私が汗垂らして育てた美穂は、その父親とどこかで繋がり、母親である私を邪魔者として切り捨てた。

「奥さん……? 丈夫かい? 顔が真っ青だよ」

女将の配そうな声が、くののから聞こえるようだった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: