"孤島に捨てられた母✕式場の主賓席に座る亡夫" 第3話
ガラス戸を激しく叩く。
「すみません! どなたかいらっしゃいませんか!」
反応はない。鍵は頑丈に閉ざされていた。 隣の漁協の倉庫らしき建物も、暗い作業灯がひとつ灯っているだけで、の気配は完全に消え失せていた。
野宿などできる気温ではない。 初のは、も晒されていれば体温を奪い尽くす。 凍という言葉が、現実を帯びて脳裏をかすめた。
……んでたまるか。
こんな、誰もいない岸壁の隅で、娘に捨てられた無力な老婆としてたくなってたまるものか。
私は元を踏みしめ、港からへと続く暗いを登り始めた。 島には、民宿が何軒かあったはずだ。 び込みの客など、このに泊めてくれるかどうかもわからない。 それでも、歩くしかなかった。
急な坂を登るにつれ、太ももの筋肉が鳴をげた。 息が乱れ、肺の奥が気で痛む。 灯はまばらで、民の窓のくは戸が閉ざされていた。 たまに見かける玄関の呼び鈴を押そうとしては、審者として通報されるのではないかという恐怖がを止めさせた。
代から代まで、世体を気にして、所にをげてきてきた。 「事故を起こした会社の未」としてろ指を指されないよう、常にを縮めてきてきた染みついた習性が、こんな極限状態にあっても私を縛りつけていた。
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坂を登りきり、狭いを折れたところに、さな赤提灯が見えた。 に揺れる提灯のに、潮でかすれた製の板が掲げられている。
『民宿 潮騒』
玄関のガラス戸越しに、黄い灯のが漏れていた。 私は迷わず、引き戸にをかけた。
ガラガラ、と真鍮の鈴が乾いた音をてる。
「ごめんください……! どなたか、いらっしゃいませんか……!」
声がかすれて、喉の奥が引き裂けそうだった。 奥の廊から、スリッパの擦れる音がづいてくる。 現れたのは、茶い割烹着を着た、柄な髪の老女だった。
私の乱れた髪と、のついた靴元、そして青ざめて震える顔を見るなり、老女は息を呑んだ。
「あらまあ……! ちょっと、奥さん、どうしたの? こんなに!」
「すみません……連れとはぐれてしまって、に乗り遅れてしまいました。話も、もう切れそうで……」
をくげると、膝の震えが止まらなかった。
「お願いです、晩だけでいいんです。でも、廊の隅でも構いません。泊めていただけないでしょうか……おは、ちゃんと払いますから……」
バッグから財布を取りそうとする私のを、老女は迷わず両で包み込んだ。 節くれだった、温かいだった。 その体温に触れた瞬、目がくなり、危うく涙がこぼれそうになった。
「何言ってるの、こんな寒空に! いいから、がりなさい。
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く、ストーブのに来な」
通されたのは、帳のすぐ奥にある、畳のさなだった。 代物の油ストーブが赤々と燃えていて、灯油の懐かしい匂いが部を満たしている。
「座りなさい。今、温かいお茶を淹れるからね」
老女は際よく台所へき、湯気のつ急須と湯呑みを運んできてくれた。 差しされた茶を両で受け取る。 指先がじんじんと痛みながら、を取り戻していく。
「……ありがとうございます」
「災難だったねえ。観協会の窓も、には閉まっちまうからね。最終便がたに島に残されるなんて、滅にないことだよ」
女将は私の向かいに座り、湯呑みを見つめる私の顔をじっと見つめた。
「連れのって……旦さんかい?」
その問いに、喉が詰まった。
「……娘です」
「娘さん? はぐれたって、娘さんはに乗っちまったのかい?」
「……ええ」
それ以は、言えなかった。 「娘が私を騙して置きりにした」などと、に言えるはずがなかった。 言った瞬に、自分が今まで築きげてきた母親としてのが、完全に無価値なゴミ屑になってしまう気がしたからだ。
「の午、娘の結婚式があるんです。横浜で」
絞りすようにそう言うと、女将は目を丸くした。
「結婚式!? かい!? じゃあ、どうしてこんな島に……」
「娘が、どうしても式をに、父親のいのを見ておきたいと言うので……」
嘘ではない。娘はそう言って私を誘いしたのだ。私を殺すために。
女将はストーブのを見つめながら、くため息をついた。