"五万円で捨てられた娘" 第12話
私が暗い廊を渡り、玄関へ向かおうとした、そのだった。
ガシャン!
背で、激しい瀬戸物の割れる音が響いた。 振り返るもなく、い力で腕を掴まれ、廊の壁に押しつけられた。
兄だった。
乱れた髪、充血した目。 のに脂汗を浮かべ、獣のような息を吐きながら、兄は私の肩を両で締めげていた。
「美咲……頼む、百万だ」
兄の声は、聞いたこともないほど掠れていた。
「百万……! このを今すぐ俺の名義にさせてくれ! 担保に入れて、形さえ落とせば……来にはができる! そしたら、おに百万、現でを揃えて払うから……!」
れだった。 かつて私を「赤の」と見し、万円を投げつけてきた男が、今は私ので惨めに命乞いをしている。
私は兄のを、たく引き剥がした。
「断るよ」
「美咲!!」
兄が廊の壁を激しく殴りつけた。 ドスン、と鈍い音が壁を震わせる。 兄は顔を歪め、唾をばしながら、喉の奥から絞りすように叫んだ。
「お……なんで俺が、あの初のに戸籍の話を持ちしたか、本当に分かってねえのかよ!? なんで俺が、わざわざおが養子だって言ったとってんだよッ!!」
え切った廊に、兄の鳴り声が反響した。
壁に背を押しつけられたまま、私は兄の血った瞳を見つめ返した。 肩を掴む兄の指先が、刻みに震えている。
「言ってみなさいよ」
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私の声は、く、かすれていた。
「なんで初に、あの戸籍謄本を突きつけたの。……どうして?」
兄の喉仏が、苦しそうにした。 元が歪み、嘲笑とも自嘲ともつかない笑みが漏れる。
「……養子だろうが何だろうがな、法律はおにも相続権があることくらい、最初からってたよ」
の奥で、何かがプツンと切れる音がした。
「調べりゃ誰だってわかることだ。養子縁組されてりゃ、実子と同じ取り分になる。そんなこと、百も承だったんだよ」
「……じゃあ、なんで」
「言わなきゃ、おがしくサインするわけねえだろ!」
兄は唾をばし、廊の井に向かって吠えるように言った。
「おは昔からそうだった! 拾われただって無識に勘づいてたのか、母さんの顔ばっかり伺って、波てないようにきてきた! 『おは本当の娘じゃない、赤のだ』ってから叩きつければ、ショックで考が止まるに決まってる! 『私なんかが実の財産を主張したら図々しい』って、罪悪でを引くに決まってんだろ!」
言葉が、氷の刃となって突き刺さる。 りすら通り越して、全から体温が引いていくのが分かった。
兄は、法律を勘違いしていたのではなかった。 私の無につけ込んだだけですらなかった。
、私が母に抱いてきた敬を。 族であろうとして必に尽くしてきたを。
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「捨てられるかもしれない」という、幼い頃からの底に澱のように溜まっていた名付けようのないを。 この男はすべて理解したで、もっともく傷つく刃として研ぎ澄まし、私の臓に突きてたのだ。
「会社のがりなかったんだよ! 末の形が落ちなきゃ、俺は破産なんだよ! そのためならな、おが傷つこうが泣こうがったこっちゃねえんだよ! おがし物分かりよくハンコを押せば、俺は助かったんだ!!」
兄の叫びが、がらんとした廊に虚しく響き渡る。
私は、ゆっくりと息を吐きした。 震えていたのは、怖かったからではない。 目のにいる男の底れない浅ましさに、胸の奥がえ切っていたからだ。
私は両を伸ばし、私の肩を掴んでいた兄の首を、静かに、しかし力く払いのけた。
「……触らないで」
「美咲……」
「兄さん」
私は歩へて、兄の目をまっすぐに見据えた。 線を逸らしたのは、兄の方だった。
「私ね、戸籍謄本を見せられたとき、目のが真っ暗になったよ。 母さんは私をしてくれていなかったんじゃないかって、のいが全部嘘だったんじゃないかって、にたくなるくらい怖かった」
喉の奥がくなったが、涙は滴もこぼさなかった。
「でも、違った。 母さんは、あなたがそうやって私を脅すことまで全部見抜いて、森田先に遺言を託してくれてた。
自分のさも、会社の借も、全部私のせいにして逃げ回ってるのは……兄さん、あなたの方だよ」