"五万円で捨てられた娘" 第9話
売買代・千百万円。あなたがに、実の持分を母さんに全部売り払った契約だよ。自のサインも、実印も、領収証もここにある」
兄のが、空でピタリと止まった。 目を見き、信じられないものを見るようにそのを凝している。
「な……なんで、それを……」
「母さんが、森田先に預けてたのよ。あなたがいつか、私からを奪おうとするって、母さんは全部見抜いてた」
背の作業員が、察したように具箱をろした。
「あの、お客さん……これ、相続で揉めてるんですか? 権利関係が確定してない物件のシリンダー交換は、うちじゃ規約受けられないんですけど……」
「うるせえ! おは黙って作業してろ!」
兄が鳴り返したが、作業員は首を横に振り、に玄関へと引き返していった。 玄関のドアがバタンと閉まる音が、静まり返ったにく響く。
「……おい」
廊の方から、聞き覚えのある甲い声がした。 所にむ渡辺さんだった。 騒ぎを聞きつけたのか、扉の隙から、何かの所のが巻きにこちらを覗き込んでいるのが見えた。
兄は何よりも世体を気にするだった。 務の社として、この町内では「成功した男」として振るい続けてきたのだ。 所の線に気づいた兄の顔が、屈辱とりで赤黒く染まりがった。
「見ろよ……」
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兄は靴のまま廊に引き返し、玄関の引き戸をピシャリと閉めた。 暗くなった廊で、兄は肩で息をしながら、私にじりじりと詰め寄ってきた。
その瞳の奥には、もはや理性のかけらも残っていなかった。 追い詰められた獣特の、濁った狂気だけが宿っていた。
「調子に乗るなよ、美咲」
兄は私の元に顔をづけ、周囲に聞こえないような、をうような音で囁いた。
「の切れが枚あったところで、何になる? おはただの養子だ。母さんの腹を痛めて産まれたわけでもない、どこぞの馬の骨だ。親族の誰も、おなんかにこのを継がせたいなんてってないんだよ」
兄の指先が、私の胸元をく突いた。
「曜のだ。叔父貴も、叔母さんも、全員呼んである。おがどんな顔して親族のに座るか、楽しみだな。血の繋がらない棒猫が、母親の財産を独り占めしようとしてるって、全員ので座させてやるからな」
兄はそれだけ吐き捨てると、乱暴に玄関の扉をけ放ち、逃げるようにへてった。 くで、兄の乗るワンボックスカーが荒々しいエンジン音をててりっていくのが聞こえた。
残されたで、私は母のノートを胸に抱きしめたまま、ち尽くしていた。
指先はえ切っていた。 臓の鼓は、まだの奥で激しく鳴り響いている。
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けれど、私の瞳はもう揺れていなかった。 母が残した千百万円の記録。 の千百万円の契約。 そして、森田弁護士の元にある、母の最の遺言。
すべてが、あの曜の正午に向かって収束していくのをじていた。
私はスマートフォンの画面をき、森田法律事務所の番号をタップした。
「森田先」
呼びし音が回鳴って繋がった受話器に向かって、私ははっきりと言った。
「曜の正午、実に来てください。すべての証拠を持って、親族会議に乗り込みます」
曜、午分。
実の扉をけた瞬、玄関の叩きに並ぶ革靴やパンプスのさに胃が縮みがった。 本の叔父の履き古した黒い革靴。 叔母の派なエナメル靴。 そして、兄ののついた作業用の革靴。
線の煙と、くざわめく話し声が、廊を伝ってまで漏れ聞こえていた。
「丈夫ですか」
隣につ森田弁護士が、静かに声をかけてくれた。 仕ての良い濃紺のスーツに、黒い革のブリーフケース。 その落ち着いたち姿だけが、私の凍りつきそうな臓を繋ぎ止めていた。
「はい」
私はく答え、母の遺したノートの入ったバッグを抱きしめた。 逃げる気は、もうどこにもなかった。
式台にがり、奥の畳――父の代から親族の集まりに使われてきたの襖にをかける。
から、義姉のカンい声がはっきりと聞こえた。
「――だからね、叔父様。私たちもまさか、美咲ちゃんがあそこまで欲だとはわなかったんですよ。