"五万円で捨てられた娘" 第8話
すべて、付順にクリップで留められていた。
――平成、直運転資補填、百万円。 ――平成、取引先未払い替、百万円。 ――平成、税滞納分、百万円。
数にわたり、母の個座から兄の座へ流れたの総額。 ノートの余に、母の鉛きの計算が残されていた。
『累計 千百万円』
息を呑んだ。 の千百万円だけではなかったのだ。 父が遺したわずかな蓄えも、母が細々と受していた遺族も、すべて兄が「会社が潰れる」「頼むから助けてくれ」と泣きつくたびに、削り取られていた。
そして、ノートの最のページ。 母がパーキンソン病を発症し、文字が震え始めた頃の付で、こう記されていた。
『これ以、直にを渡してはならない。直のためにもならない。 美咲にこれ以の負担を背負わせてはならない。 美咲は、何もらずに私の病をしてくれている。 あの子に、自分のを歩ませてやりたい』
界が歪んだ。 涙が滴、母の震える文字のに落ち、インクが滲んだ。
母は、っていたのだ。 兄の際限のない欲も、自分が甘やかしてしまった息子のさも。 そして、自分が倒れたあとの荷が、すべて養女である私のに落ちてくる恐怖も。 母はで、病のでこのノートを抱きしめながら、息子への絶望と、私への申し訳なさに耐えていたのだ。
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そのときだった。
ガチャン、と玄関の方で鋭く暴力な物音が響いた。
臓がねがった。 織と顔を見わせる。 続いて、い音と、属が擦れうような嫌な音が廊に響いてきた。
「おい、サッシの鍵も全部けろ。の荷物はの朝でトラック横付けして全部運びすからな」
兄の声だった。
の襖が、乱暴に引きけられた。 そこにっていたのは、作業着姿の兄と、具箱を抱えた見らぬ作業員の男だった。
兄は畳のに座り込む私と、広げられた封筒を見るなり、目を血らせて眉を釣りげた。
「……お、なんでここにいる」
兄の元はだった。 実の廊に、黒い靴跡が点々とついている。 母が毎、膝をついて雑巾がけをしていたあの廊に。
「靴、脱いでよ」
私のからたのは、自分でも驚くほどくたい声だった。
「あ?」
「でがらないで。母さんのだよ」
「母さんのだと?」
兄は嘲笑いながら、畳のへ歩踏み込んできた。のついた靴底が、畳の縁を踏み躙る。
「登記の持ち主がんだんだよ。ここは今、俺の管理にあるんだ。勝にがり込んでの部を漁りやがって……居侵入で警察呼ぶぞ、コラ!」
具箱を持った作業員が、気まずそうに目を泳がせながら歩ずさりした。 織が私のにちふさがった。
「ちょっと、あんた何様のつもりよ! 美咲はここにんでたのよ! 自分の荷物を取りに来て何が居侵入よ!」
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「部者はすっこんでろ!」
兄は鳴り散らし、具箱の男を振り返った。
「いいからシリンダーを全部せ! 鍵を全部替えろ! こいつらが度と入れないようにな!」
「兄さん」
私はちがった。 膝の震えは、すでに止まっていた。 母の残したノートをしっかりと両で抱え込み、兄の濁った瞳を正面から見据えた。
「鍵を替えても無駄だよ。緑産の林さんに会ってきた」
兄の肩が、ピクリとねた。
「……何だと?」
「形の期、末なんでしょ。千百万円、用しないと渡りをすんでしょ。だから私を養子だって脅して、急ぎでこのを割引きで投げ売りしようとしてる」
兄の顔から、急速に血の気が引いていくのが見えた。 浅黒い肌が、気に変していく。
「お……何余計な真似してんだよ……!」
「産には、共名義として売却は拒否するって伝えた。私の実印がない限り、あなたはこのを売れない。円もに入らないよ」
「この、アマが……!」
兄が逆し、私に向かってを振りげた。 織が鳴をげかけたその瞬、私はバッグから枚のを引き抜き、兄の顔のに突きつけた。
森田弁護士から渡された、あのの売買契約のコピーだった。
「公証役登録番号、平成第号」
瞭に、通る声で読みげた。
「売主・直、買主・悦子。